10代の頃から月に100冊以上は読んでしまうほどの本の虫でした。父は三菱電機のサラリーマンですが、漢籍を白文で読むような読書家で、本に恵まれた家庭に育ったのです。
最初に読んだのは、小学校に上がった時に買ってもらった『ドリトル先生物語全集』の全12巻(ロフティング、岩波書店)です。イギリス出身の作家が第一次大戦の従軍中、自分の子供に書き送ったのが元になっていて、井伏鱒二の訳もいい。獣医のドリトル先生が動物の言葉を話せるようになり、ひどい目にあわされている賢い動物たちを救い出す物語です。
「動物には感情があるんだ」とのめり込んだし、第1巻の「ドリトル先生アフリカゆき」を読んだ時は、いろんな所に行ってみたいという夢が膨らんだ。商社マンになろうと考えたのもこの本の影響でしょう。
学年が進むにつれ少年探偵団やシャーロック・ホームズも読みましたが、3つ上の兄の本棚にあったハードボイルド小説の味を知ると、根っからの悪役がいる話は絵空事に思えてきた。ハードボイルドの中で一番のお気に入りは『動く標的』(ロス・マクドナルド、創元推理文庫)。主人公のセリフが響いたんです。
「悪というのはそう単純なものじゃない。邪悪さは誰もが持っているものだ」
世の中、生まれながらの悪人なんていません。自分だってダメなところがある。私が好きになる小説の主人公たちは、ウソはつくし、卑怯なこともする半面、交わした約束は守る。金や女を前にしても、ルールに合わなければ手を出さない。そんな人間像が格好よかった。
その延長線上で辿りついたのは、ストア学派の考え方を実践した第十六代ローマ皇帝による『自省録』(マルクス・アウレーリウス、岩波文庫)です。その治世は、ペストの蔓延や災害、異民族の侵入も絶えない多難な時代。マルクス・アウレーリウスは「自分ができること」と「自分ではどうしようもないこと」を分け、できることの中でどう正しく生きるかを問い続けました。
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source : 文藝春秋 2023年5月号