中国で生まれ育った自分は日本に留学して経済学を学んだが、知識として一番欠如しているのは歴史である。歴史には、歴史の事実と歴史観とがあるが、中国で受けた教育では、歴史の事実をほとんど教わったことがなかった。経済学を学んだ自分は仕事以外の時間のほとんどを歴史の探求に使っている。意図的にそうしているというよりも、歴史の事実をもっと知りたいからである。
2022年、ある講演会の幹事からプレゼントされたのは、『アメリカと中国』(松尾文夫著、岩波書店)だった。ドキュメンタリーのような米中の歴史をジャーナリストならではの松尾氏のきめ細かな調査のもと、歴史の一つずつの場面をくっきり描いてみせてくれた1冊である。しかし、自分は一気に読むことができなかった。1章を読んで、2、3日頭のなかで消化して、そして次の章を読む。一言でいえば、ショックの連続だった。
『アメリカと中国』を読んで、アメリカに対する理解を深めた以上に、祖国中国に対する理解を言葉で言い表せないほど深めることができた。中国で受けた歴史教育は、ひとつの決まった歴史観しかなかった。すなわち、共産党が正しい、あるいは、正しくないと決めた二分法の歴史観だ。大学受験のため、それを暗記しないと、進学できない強制的なものだった。それに対して、松尾氏の『アメリカと中国』が教えてくれたのは歴史観ではなく、厳然たる史実だけだった。
『共産主義の興亡』(アーチー・ブラウン著、下斗米伸夫監訳、中央公論新社)は、英国オックスフォード大学の名誉教授アーチー・ブラウン氏の労作である。800ページに近い大作なだけに、最初に手に取ったとき、読了できるかなと躊躇した。しかし、いざ読み始めると痛快という言葉以外の表現が見つからない。この本は共産主義の起源からその歴史的終焉までをクリアに論述しており、歴史の素人の自分でも読み終えることができた。しかも、読んだのは1回だけではない。中国経済の研究で迷ったとき、『共産主義の興亡』を取り出して再度読み直すことにしている。この本は学術的な意義だけでなく、現実的に今、中国で起きていることを理解するうえで一助になる。ロシア人たちに共産主義について尋ねてみると、彼らは共産主義、すなわち、レーニンとスターリンと決別したように感じる。
中国人がもっとも大事にしているのは実用主義である。普通の中国人はマルクスや毛沢東の教義にほとんど関心がないはずである。中国の政治指導者がマルクスや毛沢東の共産主義の教義を口にするのは国家を統治する際、利用する価値があるからである。しかし、共産主義と市場経済は水と油の関係にあって相容れない。アーチー・ブラウン氏のいうように共産主義は近い将来歴史的終焉を迎えることになるだろう。
著者たちの努力に脱帽
最後に取り上げたいのはユン・チアンとジョン・ハリデイの『真説 毛沢東 誰も知らなかった実像 上下』(土屋京子訳、講談社+α文庫)である。30年前、ユン・チアンは『ワイルド・スワン』を出版してベストセラーとなった。あの本のなかで描かれた話は海外の読者にとってショックだったであろう。
著者たちの2冊目『真説 毛沢東 誰も知らなかった実像』は暴君毛沢東に関する既存の著作の最高レベルといえる。著者たちは中国での実地調査を交え毛沢東の実像に迫った。中国国内の研究者などは毛沢東伝を何種類も出版しているが、ほとんど読むに値しない。なぜならば、そのほとんどは史実に反して美化して描かれているからである。
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