歯医者に行ったら、小臼歯をグイグイ押されて、「これは抜かなきゃダメです」と冷たく宣告された。「いつがいいですか」。前に同じ歯医者で親不知を抜いたときのすさまじい大手術を思い出して、油汗がタラリ。「麻酔をかけるから大丈夫です。痛くありません。これだけグラグラならすぐ抜けます」。この前もそういわれたが、ペンチで歯をつかんで力まかせに引っ張っているのではないかと思うくらい痛かった。
その前日に麻酔技術の発達史を書いたS・J・スノウ『我らに麻酔の祝福あれ』(メディカル・サイエンス・インターナショナル)を読んだばかりだった。麻酔がない時代(本格麻酔は十九世紀中葉から)、麻酔なしの手術がどれほど恐るべき行為だったかがよく書かれている。
「私は金切り声を上げはじめ、切開の間中、叫び続けました。本当に死ぬかと思うほどの激痛でした。……胸の骨にナイフが当るのがわかりました。ゴリゴリとこそげています」〈=乳腺腫瘍で乳房切除された女性患者の体験談〉
このような苦しみを与えずにあらゆる手術を可能にした麻酔の開発は十九世紀医学最大の進歩といってよい。
しかしこの麻酔なるもの、よく使われているが、実は必ずしもなぜ効くのかわかっていない。麻酔科医の外須美夫(ほかすみお)の『麻酔はなぜ効くのか?』(春秋社)にこうある。
「実は病院で使われている麻酔になぜ効くのかが解明されていないものがあります」
『もう一度聞きますが本当に解明されていないのですか』
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source : 文藝春秋 2013年8月号