東京駅前にあった旧東京中央郵便局が、再開発されてJPタワーという超高層ビル(地上三十八階)に生まれ変った。旧局舎は戦前の名建築。重要文化財として残すべしの声が建築家・建築学会などからさかんに上がった。時の総務大臣鳩山邦夫も、このような文化財をつぶすのは、「トキを焼き鳥にして食べるようなもの」と批判した。
できたビルが意外に評判がよいと聞いて見物にでかけた。商業施設、ビジネスオフィスなどは何の変哲もないただのビルだが、二階・三階をほぼ独占する「インターメディアテク」なるものが、なんとも不思議な公共空間を作り出している。この妙な名前の空間、JPタワー(日本郵政)と東京大学が共同で作り出した全く新しいタイプの「学術文化総合ミュージアム」なのだそうだ。ミュージアムといっても、入場料も入場券もいらない。完全オープンで出入り自由の空間だ。手続きは何もいらない。勝手に入って勝手に出ていけばよい。基本は広大で多様な展示スペースを利用したいろんな展示。
なにがあるのかといえば、一見なんとも不思議な珍らかなるものの数々とでもいえばよいだろうか。一目見ただけで、「ヘェーこれは何だ」と思わず声が出てしまいそうなものが、沢山ならんでいる。説明は最小限。普通の博物館のような「お勉強空間」的雰囲気はまるでない。見てビックリの陳列が基本なのだ。
絶滅巨鳥エピオルニスの骨格。モアの卵。世界最大のワニ・マチカネワニ(なんと日本産。日本神話で出産時の姿がワニであることを見られたため海に帰ったトヨタマヒメの一族ともいう。レプリカ)。ペルーで発見された南北アメリカ最古の金製王冠。世界最大金塊と世界最大白金塊(どちらも原鉱石レプリカ)。十九世紀に存在した世界著名ダイヤモンド全レプリカ。人類進化史を塗りかえたラミダス原人の歯。本郷弥生町で掘り出された弥生式土器第一号などなど、ヘェー!の連続。驚きはこれがすべて大学の中にころがっていたということ。東大はある意味宝の山なのだ。
この不思議空間を演出したのは、東大の総合研究博物館・館長の西野嘉章氏。西野氏は、『二十一世紀博物館』『モバイルミュージアム 行動する博物館』など沢山の著書を持つ博物館学の第一人者。東大に埋もれる宝の山をいちばんよく知る人。
西野氏は館長として、さまざまのテーマで年数度のユニークな企画展やシンポジウムなど(その情報コンテンツはたいてい書物一冊分以上)をオーガナイズしてきたから、その情報発信量は東大教授の中でもきわ立って大きい。なかでもよく知られている企画展は、一九九七年に安田講堂と附属図書館を縦横に使って開かれた東京大学創立百二十周年記念展「学問のアルケオロジー(考古学)」。東京大学は、明治十年に、幕末に成立していた二つの学問所、開成学校と東京医学校を合体させる形で発足した。といっても、教育研究の水準は当時きわめて低く、西欧列強の水準に追いつくにはまだ多年の努力が必要だった。はじめは超高額の給料を払って来てもらったお雇い外国人の教授に何から何まで教えてもらった。海外にどんどん留学生を送り出したが、彼らが帰国して日本人が自らの手で日本人を教育できる体制がととのうまでには、何十年もかかった。その時代の学問の草創期の労苦の跡が東大のいたるところにさまざまの学術資料の形で残っている。それが、このインターメディアテクに展示されている東大コレクションと呼ばれる事物の起源である。つまりこれは日本国の文明開化の歴史そのものなのだ。日本最初の大学生たちが、これらの現物を手に取り勉強した。
あらゆる学問がコレクションを背景に成立している。動物学は動物の、植物学は植物の、鉱物学は鉱物の、いわゆる学用標本といわれるものがそれだ。最初のコレクションは外国人教師が本国から手にたずさえてきた。しかし教える内容がグレードアップするたびにより多くの教材が必要になり、明治政府はそれをどんどん購入した。
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source : 文藝春秋 2013年9月号