5年目の島暮らし

寺田 直子 トラベルジャーナリスト
ライフ ライフスタイル

 2020年、東京は市ヶ谷のマンションを引き払い伊豆大島に引っ越しました。58歳のときでした。

寺田直子氏(本人提供)

 旅雑誌などに旅行記を書き、自分が興味を持ったテーマで旅の本を執筆するという職業を続けて約40年。世界100ヶ国ほどを旅してきましたが、50代なかごろから今後の人生について考えることが多くなっていました。毎月、国内外を旅して執筆するための体力は加齢と共に衰えていくはず。さらにインターネットが主流になり、旅雑誌の休刊が増え、ガイドブックの売り上げも減少しています。情報の発信もユーチューバーやインスタグラマーなどに移り、仕事の質や量が変わってきていることにも気づかされていました。なにより旅への興味が自分の中でゆるやかに失われてきたことを痛感していました。そんなことを日々、感じていたタイミングで、長年遊びに通っていた伊豆大島でとある古民家と出合ったのです。

大島・三原山の珍しい積雪姿(筆者提供)

 伊豆大島はご存じの方も多いと思いますが、伊豆諸島に属する東京都の島です。明治から昭和にかけては棟方志功、東郷青児、幸田露伴、井上靖、与謝野晶子、藤田嗣治、山下清など多くの文人墨客が来島。大島ブームを牽引しました。

 竹芝桟橋から高速ジェット船で1時間45分。調布飛行場から19名乗りの小型機ならわずか25分で到着。手軽に行けるのに雄大な活火山・三原山が出迎え、透明度抜群の海が広がり、開放感に溢れます。時間ができればフラッと出かけのんびりした雰囲気に癒やされてエネルギーを補給。20年近く、そんな風に親しんできました。

竹芝と大島を結ぶフェリー(筆者提供)

 私が手に入れた古民家があるのは波浮港(はぶみなと)という昭和の面影を残す鄙びた港町です。以前からその雰囲気が好きでよく通っていました。ある日その場所に、島の空き家あっせんサイトで偶然、家を見つけ、「これだ!」と、あっという間に購入。築80年を超える家の改修を経て2階を住居に、1階を仕事場を兼ねたカフェスペースに仕上げ、執筆のかたわら偏愛するコーヒーを楽しむ小さなカフェを経営するという、それまでとはまったく違う生活に突入しました。

波浮港の全景(筆者提供)

 島暮らしも5年目に入り、地元にもすっかり溶け込んできました。婦人会に入って地域の清掃活動をしたり、祭礼や防災訓練に参加したり。駐在さんや宅配の配達員さんたちとも顔なじみになり名前で呼び合うのも島ならではの距離感でしょう。「地方暮らしは人間関係が大変でしょ」とよく聞かれますが、慣れてしまえばそれほど気になりません。ちょっと息抜きが欲しいな、と思ったら内地(島の人は東京をこう呼びます)へパッと遊びにいけるのでストレスは溜まりません。都心まで船ですぐ行ける利便性こそが伊豆大島最大の強み。私が移住した理由のひとつでもあります。

伊豆半島と富士山を望む(筆者提供)

 午前便を使えば昼には竹芝に到着。帰りは22時に出発する大型客船があるので地方でギリギリまで取材をしてもそれに間に合えば翌朝6時には島に戻ることが可能です。海外取材も羽田の国際線を活用すれば実にムダなく遂行できます。現在は能登半島の観光復興、持続可能なエコツーリズムといった自分が広く発信したいテーマを中心に取材・執筆。以前よりも取材頻度は減りましたが、その分、集中力と熱量はアップしました。幸いにも英語を話せるので国内外からカフェにお客さんが来られ、安定した収入と島でのおだやかな日々が、経済面・精神面で支えてくれています。

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source : 文藝春秋 2025年3月号

genre : ライフ ライフスタイル