古典フラと神道

日本再生 第33回

立花 隆 ジャーナリスト
ライフ 社会 国際 歴史

 つい先だって、たまたまテレビのスイッチを入れたら、NHKの関東ローカル番組(一都六県だけに流れる)『ひるまえほっと』で、ちょっとおもしろいレポートをやっており、思わず終りまで見てしまった。これは六県の放送局が持ちまわりで作っている日がわりのコーナー。その地方のちょっとした話題を伝える九分間の短い番組。この日は横浜放送局が担当で、鎌倉の鶴岡八幡宮で十月二十三日に行われた「東日本大震災 物故者慰霊と被災地復興への祈り」をとりあげていた。この催し、奈良の東大寺と鶴岡八幡宮が共同で主催するもので、本当に復興が成るまで、毎年続けると宣言して震災の年に始められ、今年で四回目(はじめの年は二回行われた)。なぜ東大寺と鶴岡八幡宮なのかというと、この両者は、歴史的因縁が深い。東大寺は平安時代、国家なみの権勢を誇っていたが、平清盛と正面衝突。兵を向けられ火をかけられた結果、大仏殿を含む全堂宇がほとんど灰燼に帰した(一一八一年、南都焼き討ち事件)。

 神仏双方の信仰に篤い頼朝は、平家を倒すと鎌倉に鶴岡八幡宮を作り源氏の宗社としてあがめた。同時に国家的大事業として東大寺の復興に力をそそぎ、大仏殿も立派に再興した(一一九五年)。この故事にならって、大震災のような国家的危機に見舞われたときも、両寺社が力を合わせれば、必ずや復興が成しとげられるだろうということで、この催しがはじまった。

 この日の催しでは、東大寺の僧侶団による国家鎮護を祈る「大般若経」六百巻の転読もあれば、鶴岡八幡宮宮司による祝詞奉上、八幡宮巫女たちによる神楽「浦安の舞」の奉納などもあったが、人々の目を何よりも引いたのは、ハワイからやってきた古典フラの演奏集団、ハラウ・オ・ケクヒによる奉納フラだった。演目は、「女神ペレの確立‥破壊と再生(震災の復興への祈り)」、「万物への讃美‥発生と共存(天照大神に捧げる祈り)」だった。

 フラダンスというと、大半の日本人が頭に思い浮かべるのは、映画「フラガール」に登場してくるような、ギター、ウクレレなどのハワイアンミュージックに合わせて踊る陽気で軽快で楽しい腰振りダンスだろう。しかしあのようなフラダンスはアメリカ文化の影響の下に二十世紀になって作られた現代フラ(フラアウアナ)であって、ネイティブハワイアンが伝える伝統ミュージック(伝統楽器とハワイ語詠唱〔チャント〕)に合わせて踊られる古典フラ(フラカヒコ)とは全く異質だ。

 現代フラはあの通り軽いものだが、古典フラはある種の宗教性といっていいほど高い精神性を感じさせる。同時に厳しい肉体的鍛錬からくる張りつめた緊張感がある。全体的にきわめてエネルギッシュな踊りで、見る者を圧倒せずにはおかない。

 この日の催しでも、見物人たちは口々に「すごく力強くて感動しました」と語っていた。私もあの踊りに圧倒された。はじめは、「なんで鶴岡八幡にフラダンス?!」と違和感を覚えたが、たちまち違和感は吹き飛び、これほど「慰霊と復興への祈り」にふさわしい踊りはないと感じた。特に、リーダーのケクヒさんが津波に襲われた名取市の閖上(ゆりあげ)地区を訪れ、閖上湊神社の大木の前にレイと宗教的にシンボリックな植物をならべ、ハワイの伝統的宗教作法にのっとって、慰霊と再生の祈りをささげる場面には感動した。

 ケクヒさんと鶴岡八幡は、実は五年前から横浜在住のフラ愛好家団体の仲介で交流がはじまった。鶴岡八幡からも、宮司と巫女がハワイ大学を訪れ、講話と神楽を行うなどの交流がつづいてきた。今回の来日も、実は、ケクヒさんたちが伊勢神宮の式年遷宮にあたってフラカヒコを奉納したという流れの中にある。だから鶴岡八幡への奉納の演目の中にも「天照大神に捧げる祈り」があるのだ。番組の中でも言及されていたが、「万物に神が宿っている」と考え、しかるが故に万物をうやまうとする神道の考えと、ハワイの古典フラの背景にある自然信仰の流れとは考え方の基本において一致するものがあるのだ。

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source : 文藝春秋 2014年1月号

genre : ライフ 社会 国際 歴史