東京ビッグサイトで開かれた東京モーターショーに行ってきた。モーターショーなんて見に行くのは、三十代以来だから、四十年ぶりになる。私がはじめて免許を取ったのは大学三年生の頃。免許を取って間もなく中古車を買って車のオーナーになった。車庫規制以前だったから、車は路上に止めたままで平気だった。それから半世紀もたつ間に、車を取りまく法規制も環境も次々に大きく変った。今また大きな変化が押しよせている。一つは高齢化社会に伴う免許制度の変化だ(六十五歳以上の高齢運転免許所有者が一千万人を超えている)。
昨年五月、免許が切れるお知らせがきた。年齢が七十歳を越しているから、事前に自動車教習所で高齢者講習を受けろという指示だった。最近高速道路を逆走するような困った老人がいるから、講習くらい仕方がないだろうと思って行ってみた。最初に適性検査のようなものを受けさせられた。教習所の教育用運転シミュレータに入って、町中を実地に走っているような仮想現実感を持たされる。対向車が来て蛇行するとか、歩行者が飛び出してくるなどの突発現象が起きる。そのとき正しい反応動作をとれるかどうかチェックされるのだ。老人脳は突発現象に弱い。とっさの場合にパニくって事故を起すことがあるから、これは当然のチェックだ。高速道路逆走までいくと、老化脳が進行して認知症のレベルまで達しているということだろうが、これまでのルールでは、そういう老人を発見して、免許証を取りあげることができなかった。従って現在の路上にはそういう人も健常人にまぎれて走っているわけだ。認知症患者で免許を保有する者は三十万人と推定され、かなりの人が、実際に車に乗っている(事故率は健常人の二・五~四・七倍)。現代の車社会は、誰だって、いつ不慮の事故にまきこまれても不思議ではない状況にある。
最近、スバルの「アイサイト」など、衝突防止のための緊急自動ブレーキ装置を売物にする車が出てきたのも、そういう場合にそなえてのことだろう。
いま自動車の世界は、全自動運転の方向へ向けて走りはじめている。
自動車を人間の自由な運転にまかせるより、半分機械まかせ、コンピュータまかせの運転にゆだねたほうが、自動車はずっと安全でずっと合理的な乗物になるはずという考えが、世界中で強まりはじめている。
自動車は便利な乗物だが、あまりにも多くの負の側面を持つ。交通事故、交通混雑、環境汚染がその最たるものだろう。自動車運転を人間まかせにせず、コンピュータシステムで完全制御すると、事故死ゼロ、交通混雑による時間ロスもほとんどゼロ、環境汚染もほとんどゼロの社会を作ることができるという強い主張があって、現実に社会は徐々にそちらの方向に向けて動きだしつつある。コンピュータによる完全制御までいかなくても、さまざまの法規制と交通量コントロール技術を組み合わせると、負の側面は相当おさえこめる。たとえば交通事故死者はかつての日本では、年一万人くらいいるのが普通の時代がずっとつづいていたのに、いまでは年四千人台まで減少している。
いま世界六十カ国が参加するITS(高度道路交通システム)世界会議というものがあって、あらゆる技術と知恵を出しあって本当にそのような交通安全社会を実現しようという合意が成立している。昨年十月にはその会議がスタートして二十周年の記念すべき大集会が東京で開かれた。その参加者が東京ビッグサイトに二万人も集まったと聞いてビックリした。それだけ人が集まったのは、新しい次世代の自動車安全技術のさまざまのデモや展示会が行われたからだ。デモの一つとして最も評判になったのが、自動運転技術だった。自動運転は、各社が何年もかけて開発してきたが、いよいよ実用化に近いレベルにたどりついて、各地で各種のデモが行われる時代になったのだ。
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source : 文藝春秋 2014年2月号