この正月をはさんで、埼玉県行田市の稲荷山古墳に二度も行ってきた。稲荷山古墳は、いまや小学校の教科書にものっている日本でいちばん有名な鉄剣が出たところだ。鉄剣が発見されて十年目にX線をかけて調べてみたら、鉄剣の両面から金で象嵌された百十五文字の漢字が出て大騒ぎになった。その内容の解読がすすむと、これで日本の古代史は書き直されると、さらなる大騒ぎになった。古代史でそれだけの文字資料が一挙に出たのは、はじめてだった。
あの頃私は三十代後半だったから、あの連日の大騒ぎを昨日のことのように記憶している。その後の古代史の書きかえ過程も、つぶさにではないが、大略承知している。しかし、あの鉄剣をちゃんと見たことがなかった。いつか機会があったら見たいと思っていたが機会がなかった。そもそもそれがどこにあるのかもきちんと把握していなかった。実際には上野から高崎線で一時間ほどの吹上駅からバスで行ける「さきたま史跡の博物館」にある。行ってみると意外に簡単だった。昨年十一月、各紙が現代の名工たちがあの刀を復元し、それを本物の隣にならべて一月中旬まで特別公開していると大々的に書き立てたので、ちょうどいい機会だと思って、年末ぎりぎりのところで出かけて見た。その日見きれなかったので今年早々また行った。
でどうだったのか。手っ取り早く見た結果の感想を先に述べてしまうと、特別展は意外につまらなかった。チラシのふれ込みに、「古代鍛冶部(かぬちべ)の魂が現代の刀匠に乗り移り輝く剣が甦った」などとあったが、それほどもったいつけるべきものでは全くなかった。確かに、本物の鉄剣のそばに、作ったばかりのようなキラキラする剣がならんではいた。しかしそれは「ナーンダ」というほどつまらない作品だった。わざわざ東京から金と時間をかけて見に行くほどの価値はないと思った。
それに対して、隣にある本物の鉄剣は一見してすごいと思った。とにかく圧倒的な存在感がある。サビ止めの樹脂を含浸させてあるので、全体が黒光りし、それがまた独特の存在感をかもし出す。そして、黒い地肌の上に金の象嵌文字がクッキリ浮き上がる感じがなんともいえずいい。
そもそもあの剣は掘り出されたときサビだらけで汚れで真っ黒の状態だった。はじめそういう姿のまま展示され、誰もそれを不思議としなかった。サビの下に金象嵌の文字が隠れていようとは誰も想像だにしていなかった。
掘り出されて十年が経過した一九七八年、このまま放っておくと、サビがさらに進行して全体が崩壊してしまうかもしれないということで、奈良県にある元興寺文化財研究所で、永久保存のための樹脂含浸を行うことになった。その前段階のクリーニング作業中に、剣先のサビの破片を研究員がピンセットで取り除いたところ、下から長さ三ミリほどの金の断片が顔を出した。下にいったい何があるのかと所内の工業用X線撮影装置で写真を撮ったところ、文字があらわれ出て大騒ぎになった。博物館の展示室には、はじめの頃のサビだらけの剣の様子も示されていれば、X線で最初に写真を撮ったとき、どういう映像があらわれたかなど、世紀の大発見のプロセスが逐一示されている。
文字が出てきても、それをどう解読するのかという問題があった。その次に解釈の問題があった。文字は全部漢字だったが、純粋の漢文ではない。日本語の音を表現するために漢字を万葉仮名的に使っている部分もある。ということで、解読は一義的にすんだわけではない(いまでもいろんな部分について異説がある)。しかし古代史家の多数派は概ね次のような内容の文が刀身に刻まれていたと解釈している。
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source : 文藝春秋 2014年3月号