極寒のアメリカから

日本再生 第36回

立花 隆 ジャーナリスト
ニュース 社会 国際 テクノロジー

 二月はじめから、アメリカを縦横断しながら、大型テレビ番組の取材をつづけている。はじめに西海岸で若干の取材をこなしてから、東海岸に移り、昨夜ニューヨークに入った。時ならぬ冬の嵐に襲われて、ニューヨーク全市が凍りついた夜だった。空港から一歩も外に出られないでいるときに、「アメリカがついにレーザー核融合の実験に成功したみたいです」と、インターネットの画面をにらんでいたディレクターがいった。なるほどアイパッドの画面をのぞくと、CNNの特報で、“ついに核融合で入力エネルギーを上まわる出力エネルギー獲得に成功”とある。ではこれでいよいよ核融合エネルギー時代の到来かというと、そうではない。これは百億分の一秒単位の瞬間的に起きた現象で、すぐに火が消えてしまった上、「いかなる意味でも目ざましいエネルギー放出はなかった」などとある。「祝大成功!」といった万々歳気分は全くない。カリフォルニアのローレンス・リバモア国立研究所に、核融合の点火を目的として作られたNIF(国立点火施設)の成果だというのに、「点火」の表現はいっさい用いられていない。点火というには、核融合現象の発現(それなら過去に何度もある)だけでなく、その一定時間の持続が必要なのに、そこまでいかなかったのだ。それにもかかわらず、今回の核融合現象が、「歴史的ターニングポイントになる」との大報道になったのは、過去の実験データの解析から「ブートストラップ現象」が昨年中に二度も起きていたことが確認されたからだ(「ネイチャー」誌電子版に発表)。今回のニュースの眼目はここにある。昨日今日の実験の話ではない。

 ブートストラップ現象とは、ブーツをはくときにヒモを持って自分の足を引きあげることができるように、核融合に際して、放出されるアルファ粒子の自己加熱現象が加わると、自己励起的に核融合がどんどん進んでいくことをいう。これがあれば、核融合現象は自力で持続可能になる。

 NIFの核融合施設そのものは、二〇〇九年に完成し、以来ずっと試し打ちをつづけてきた。核融合現象自体は起きるのに、燃焼がはじまってすぐに不安定性が発生し火が消えることの繰り返しだった。不安定性の主要因は燃料の重水素・三重水素を入れた冷凍カプセルが、レーザー照射ですぐに吹きとんでしまい、圧力が十分に高まらなかったことにあるとわかった。レーザー光の形を変えたり、当て方をソフトにするなどの改善をはかり、不安定性を基本的に克服したというのが第二のニュースの眼目だ。専門家はあと半年ないし一年半で本当の点火にこぎつけると予測している。なかなかプロジェクトが成功しないことに業をにやした政治家たちの間では、こんな金喰い虫のプロジェクトはつぶしてしまえとの声が出はじめていたが、今回の朗報で、その窮地も脱せたようだ。

 日本はレーザー核融合の世界でアメリカに次ぐ技術力を持っている。なにしろ、レーザー核融合の可能性を予見したのは、水爆の父、エドワード・テラーだが、現実に激光Ⅻ号というとてつもないハイパワーレーザーを作り出し、それで固体密度以上の高密度燃料圧縮(ローソン条件突破の現実的可能性)を実現して、その可能性を現実に実証したのは大阪大学の山中千代衛名誉教授だった(その功で山中名誉教授は第一回エドワード・テラー賞の受賞者に)。NIFが作られたのも、日本に出し抜かれたアメリカが動転して、激光Ⅻ号以上のハイパワーレーザーを一挙に百九十二本も作り、そのエネルギーを一点に集中させることで一挙に核融合の実現をはかるという、とてつもなく野心的な計画を立てたためだ。つまりNIF誕生の陰には日本の技術先行があったのだ。

 ところが当の日本では、核融合村の趨勢がもっぱら磁場核融合に傾き、研究資金も人材もイーターと核融合研のLHDにまわるばかりという中で、阪大のレーザー核融合研は事実上とりつぶしとなり、レーザーエネルギー学研究センターと名前を変えて細々と生きのびているだけ。

 NIFの今回の成果は、レーザー核融合に賭けたアメリカの圧倒的な資金力と技術力と意志の力を見せつけられた思いだ。立ち遅れた日本は、アメリカに対抗しようにも資金力と技術力の力ずくの勝負では、とうていかなわない。

 ただ阪大にはこの世界での技術力のユニークな発想の伝統があり、ペタワットレーザー(NIFのレーザーはまだテラワット級)を持ち、高速点火方式という核融合の燃焼がはじまったターゲットに二連発式でさらに強力なレーザーをダメ押しで打ち込むというウソのような技術を英と共同開発しつつある。腕力での敗北を技術力でとりかえそうというのだ。

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source : 文藝春秋 2014年4月号

genre : ニュース 社会 国際 テクノロジー