小惑星リュウグウの石粒

山根 一眞 ノンフィクション作家
ビジネス テクノロジー サイエンス

 宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」に登場するカムパネルラ、鳥取県三朝温泉はそのモデルとなった賢治の学友ゆかりの地だ。

 私は、そのゆかりの地から1.5キロ西にある岡山大学惑星物質研究所で、天の川銀河の一角、太陽系にある炭素質小惑星リュウグウから探査機「はやぶさ2」が持ち帰った石粒と初めて対面した。電子顕微鏡がとらえた石粒の100分の1ミリの部分に、鉱物結晶群が氷砂糖とザラメのように並んでいるのが美しかった。同研究所の中村栄三さんはこういう物質の履歴を分析、リュウグウの母天体は氷からなる彗星で、溶けた水の中で地球生命の材料、アミノ酸が多々作られたという歴史物語を私に熱く語ってくれた。

リュウグウのかけら ©時事通信社

 小惑星は火星と木星の間にあり、その数は80万を超える。それらは惑星になりそこなった太陽系の新鮮材料ゆえ、地球、そして生命起源の元があるはずと期待されていた。2020年12月、「はやぶさ2」が持ち帰った5.4グラムのリュウグウの試料はJAXA(宇宙航空研究開発機構)によって分類整理の後、全国の大学などで巨大装置も駆使した分析が進められ、大発見満載の成果が論文として続々と発表、著名科学誌の表紙も飾り日本の科学力を広く印象づけた。

 海洋研究開発機構(高知)の伊藤元雄さんは、石粒を全国に分配するための特殊容器開発も含めた初期分析の準備を岡山大学とともに担った。伊藤さんは、生命に必須の有機物と水の供給源が小惑星である可能性が大きいことも発表している。リュウグウは、かつて衝突によってバラバラになった母天体が再結集してできたことがわかっている。同機構の富岡尚敬(なおたか)さんは石粒に極微小断層を発見、断層を作った衝突力を算出したことで、リュウグウが秘める天体ドラマを垣間見せてくれた。広島大学の藪田ひかるさんは地球の石油分析の経験をもとに約2万種の有機分子を記録。宇宙有機分子研究では世界トップとされる九州大学の奈良岡浩さんは有機物が作られた環境履歴を見事に解き明し、北海道大学の大場康弘さんは遺伝情報、RNAに含まれる化学物質やビタミンB3を見出している。

 東北大学の中村智樹さんは石粒の数ミクロンの結晶の小さな小さな穴の中に、水滴(炭酸水)を発見した。宇宙天体から液体の水を得たのは史上初、地球の海は小惑星起源であるとしてフランスのテレビ局が特別ロケに来訪している。九州大学の岡崎隆司さんは、「はやぶさ2」のカプセルが着地した豪州のウーメラ砂漠に巨大装置を持ち込んだが、その重要部品を地元野球チームにちなみ「ホークス」と命名。カプセル内から得た気体(希ガス)から太陽系誕生時の事件を読み解くホームランを見せてくれた。

 北海道大学の圦本(ゆりもと)尚義さんは化学物質(同位体)の分析で、京都大学の野口高明さんは砂粒の解析によって、リュウグウは地球で発見されていた希少な炭素質隕石、イヴナ型と同じと立証した。日本は隕石研究では世界のトップ水準だけに、長年の研究蓄積がリュウグウ分析に活かされ天文学に新たな1ページを刻む、「太陽系標準物質」の決定をなしとげた。

 リュウグウの石粒の分析成果は、地球、そして生命起源の歴史書に世界の誰も書けなかった「序章」が加わったことを意味している。論文に共同研究者として数百人もの世界の研究者の名が併記されている例が多いのは、その「序章」が日本発となることを物語る。

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source : 文藝春秋 2023年7月号

genre : ビジネス テクノロジー サイエンス