「含蓄」にときめいて

ライフ 読書 歴史

清少納言(966年頃〜1025年頃)
和泉式部(生没年不詳)
紫式部(973年頃〜1014年頃)
谷崎潤一郎(1886年〜1965年)
三島由紀夫(1925年〜1970年)

 日本に移住してから早くも18年が経ってしまった。もともとはイタリアの大学で日本文学にハマって、『源氏物語』の優雅な世界を夢見つつ、ふらりと成田空港に着陸したわけだが、光源氏様の姿なんぞどこにもないという厳しい現実に直面してもなお、ついこの国に住み着いてしまったのだ。今や昼間は翻訳の仕事に携わり、夜は忘れ難き文学の世界をあいかわらず夢見る。

 我が故郷はアドリア海に面した長閑な港町だ。ごくたまに帰ったりすると、ご近所さんが興味津々に集まって、「日本語を喋ってよ」と必ずせがんでくる。何か面白いことを言わなきゃというプレッシャーを感じながらも、私は挨拶の一言、二言をもぐもぐいうだけで走り去る始末である。今回の「代表的日本人」を選ぶ時も、同じような気持ちになった。日本文学ファンとして的を射た意見を述べたいのは山々だが、ハードルが高い。

 まず、何をもって「代表的」と言えるのか、という定義付けが非常に悩ましい。その問いに対して、思想家・内村鑑三は西洋社会にも通じる5人のリーダーを選んだ。しかし、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮から成るその素晴らしいラインアップには、文学者が1人も入っておらず、さらに女性の姿もない。個人的にやや不満が残るので、反論と言わないまでも、日本の文化や美意識を語る上で絶対に外せない文学者5人を挙げることにしたい。

イザベラ・ディオニシオ氏 ©文藝春秋

 昭和9年に、谷崎潤一郎は文章の正しい書き方を説く、『文章読本』と題されたものを刊行した。そこに収められている教訓によれば、完成度の高い文章を書くには、「饒舌を慎しむこと」、または「意味のつながりに間隙を置くこと」(『文章読本』中公文庫)が必要だ。行文の所々にわざと穴を開けて隙間を残し、あとを読者の理解力に一任した方が文章の旨味が増すという。曖昧といえばそうだが、その曖昧さこそが日本語の可能性を最大限に生かし、絶大な効果をもたらす。それを谷崎は「含蓄」と呼んでいる。

 私のような外国人にとって、氏が重要視するその「含蓄」は、最も理解しがたいものであると同時に、日本人らしさを感じさせる要素の一つでもある。物事をはっきりさせないのは日本語そのものの特徴だけではなく、日本人は言葉の隙間に様々な意味を忍び込ませるのに長けている。日本文学が好きになった理由はずばりそれだ。言葉の裏に隠された意味を探すのが楽しく、つい妄想に耽ってしまう。

 これから取り上げる文学者たちはみんな、自らの文章に完璧な「含蓄」を持たせて、読者の心を長らくときめかせてきた天才的な文筆家ばかりだ。社会を的確に語りつくし、人間の奥深いところを見事に表現できた彼らや彼女らは、まさしく「代表的日本人」に値すると思う。

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source : 文藝春秋 2023年8月号

genre : ライフ 読書 歴史