寄り添う心と変革の力

国谷 裕子 ジャーナリスト
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緒方貞子(1927年〜2019年)
石牟礼道子(1927年〜2018年)
岡村 勲(1929年〜)
山中伸弥(1962年〜)
伊藤詩織(1989年〜)

 2019年11月、海外の出張先で「ミセス緒方が亡くなってとても残念だ」と何人もの方に語り掛けられ、緒方貞子さんの国際的な存在の大きさをあらためて感じた。1991年1月からの10年間、緒方さんは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のトップとして、それまでの難民問題への対応の枠組みを大きく変え、難民問題の歴史にその名は深く刻まれている。

 難民高等弁務官としての緒方さんを待ち受けていたのは史上空前の2000万人を超える難民だった。事態に対応するために緒方さんはそれまでのUNHCRのミッションを拡大し、前例や既存のルールにとらわれず、苦しんでいる人がいるなら保護し、救える人がいるなら救うということを自らの行動規範と定め、難民問題に取り組んだ。

国谷裕子氏 ©文藝春秋

 就任直後の91年4月、イラク国内から脱出しようとする180万のクルドの人びとがイランやトルコ国境に押し寄せていた。世界がそれまでに経験したことのない大量難民。この時、緒方さんは、前例のない難民保護を決断する。

 国境を越えていない人々は難民条約上、難民とは定義されず、UNHCRが関与することは内政干渉につながると国連内部において反対意見が根強くあった。しかし、緒方さんはこのルールを越えて保護に乗り出す。「大事なときは行動しないとならないのです。スピードが求められるときに、ルールに即してどう決定するかを慎重に考えている余裕はありません」。こうした緒方さんの行動は、次第に世界から信頼を得ていく。

緒方貞子「私はリアリスト」

 ユーゴスラヴィアの民族紛争では、停戦合意がないなか救援物資を届けられないサラエボの現場に、国連保護軍に協力を求め大規模な空輸作戦を実施する。軍の利用というこれまでの人道支援では異例の手段に踏み切ったのだ。人道活動に関わる人の中には軍との協力関係を嫌う人たちも少なくなかった。サラエボの視察をしていた緒方さんにインタビューすると、「自分の力ではどうにもならない。軍事力を持っている者のサービスを使うのです」と答えた。「私は人権屋ではなくリアリスト」と言っていた緒方さんを思い出す。

 世界120カ国で働くUNHCR職員5000人を動かした緒方さんを、補佐官として長年務めた篠原万希子さんは「厳しい方でしたがスタッフは緒方さんに褒められたいと実力以上の仕事をしてしまう」と語り、紛争当事者や各国のリーダーと渡り合える高い交渉力があり、様々な人々を協力者として巻き込む力も持っていたと話す。

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source : 文藝春秋 2023年8月号

genre : ライフ 社会 ライフスタイル