社内粛清

菊池寛アンド・カンパニー 第20回

鹿島 茂 フランス文学者
ニュース メディア 読書

鷹揚な社長の陰で“汚れ役”に徹した男がいた

 以前、国立国会図書館に保管されている内務省警保局旧蔵の発禁本の書架を見学したことがある。空襲を免れて奇跡のように生き残った発禁本の書架を眺めているうちに一つの事実に気づいた。それは昭和4年7月を分岐点に発禁本の性質がガラリと異なることである。7月以前には発禁本の中心は社会主義、マルクス主義関係だったのが、7月以後はエロス関係の本が急増するのだ。

 これを時代年表と照らし合わせてみると納得が行く。すなわち、「三・一五事件」(昭和3年3月15日)に始まり、「四・一六事件」(昭和4年4月16日)に至る共産党大弾圧の時代に発禁とされたのは社会主義、マルクス主義関係の書籍なのだが、この共産党大弾圧が一段落すると、それまで不満のガス抜きのために大目に見られていたエロス関係本が内務省警保局の監視対象となったのだ。警保局長が昭和4年7月3日付けで横山助成から大塚惟精に代わったことと関係しているらしい。

 さて、問題なのはこうした内務省の方向転換がブルジョワ・リベラル派と目されていた我らが「文藝春秋」にも影響を及ぼし、それが思わぬかたちで文藝春秋社の大転換をもたらしたことである。具体的に見てみよう。

 昭和4年7月号の菊池寛による編集後記。

「先月號は、發賣禁止の怖れがあつたゝめ、一部を切りとり、そのため讀者に御迷惑をかけてすまなかつた。本紙は思想的な立場があるわけでないから、そのために發賣禁止を冒さうと云ふ氣持はないし、エロチシズムを賣り物にしようと云ふ氣がないのだから、發賣禁止をリスクする氣持はないのである」

 これは昭和4年6月号掲載の武田麟太郎の小説「暴力」と田中純の実話「村の怪異」が発売に先だって検閲当局から削除命令を受けたことを指している。削除命令は当該テクストを削除すれば発売を許されるが、その手間と費用は雑誌版元にとって痛手となる。

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source : 文藝春秋 2023年8月号

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