弔辞を読み上げながら、嗚咽でしばし絶句した
大正15年6月、それまで雑司ケ谷の菊池寛邸(東京市外高田雑司ケ谷金山339番地)に間借りしていた文藝春秋社は分離・独立して麹町区下六番町の旧有島武郎邸に移転した。これにより、菊池寛は午前中は金山の自宅で連載小説等の執筆を行い、午後からは自家用車パッカードに乗って麹町の社屋まで出向いて社長業に専念するという形で、公私の区別を時間・空間でつけることができるようになった。このことが昭和3年の株式会社化へとつながってゆくのだから、菊池寛アンド・カンパニーにとって麹町移転の意味は小さくないのである。
というわけで、ここで菊池寛アンド・カンパニーにとっての金山時代(大正12年12月~15年6月)と麹町時代(大正15年6月~昭和2年9月)を比較しておこう。
まず金山時代の邸宅だが、証言を残しているのは山本有三である。山本有三は震災後に菊池寛から新居を探していると聞かされ、金沢の第四高等学校に赴任していたドイツ文学者の新関良三が自宅を売りたいといっていた話を思いだし、菊池にそう伝えた。
「わたしがその話をすると、
『そのうち、どこにあるんだ。』
たいして気のりのしないような口調で、菊池がたずねた。
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source : 文藝春秋 2023年6月号