《小泉悠が読み解くプリゴジン“粛清”事件》プーチンが本気で狙い始めた “終身独裁”

小泉 悠 東京大学先端科学技術研究センター准教授

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 8月23日、小型ジェット機がロシアのモスクワ北西、トベリ州で墜落し、民間軍事会社「ワグネル」の創設者であるエフゲニー・プリゴジン(62)ら、乗客10名の死亡が確認された。「ワグネル」共同創設者とされ、軍事部門を統括していたドミトリー・ウトキン(53)ら、同組織の幹部も複数搭乗していたことで、2カ月前に起きたワグネルによるショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長の解任を求めた反乱への粛清とみなす見方が圧倒的だ。

 なぜプリゴジンは暗殺されたのか。彼の死はウクライナ戦争やロシア情勢にいかなる影響を与えるのか? 東京大学専任講師の小泉悠氏に聞いた。

 プリゴジン氏の乗っていた飛行機が墜落した件ですが、普通に考えて暗殺だと思います。撃墜という報道も一部でありましたが、機内での爆発による墜落という説が現在では有力視されています。彼が乗っていたのは、ブラジル製のエンブラエル社製ビジネスジェット機で、世界的に普及しているものです。プリゴジンの乗った機体だけが都合良く爆発するというのは考えにくい。反乱から2カ月が経ち、なおかつプリゴジン氏との関係が噂されていた航空宇宙軍総司令官のセルゲイ・スロヴィキン氏が前日に退任させられているというタイミングをみても、ロシア政府によって組織的に暗殺されたとみるのが自然です。

小泉悠氏 ©文藝春秋

 プリゴジン暗殺事件によって、どういう政治的、軍事的影響があるかという点については、僕はあまりないだろうと考えています。まず、政治的なインパクトでいうと、氏は元々、プーチン大統領の“インナーサークル”にいた人物だとは言い難い。プーチン大統領の本当のインナーサークルはやはり、クレムリンの中です。プリゴジン氏はその外にいた。昔からのプーチン氏との“腐れ縁”的な関係があり、資金も持っていたため、インナーサークルの周りでさまざまな裏工作、汚れ仕事を任されていた人物という評価が正しいと思います。

 言い換えれば、プリゴジン氏は、クレムリンの政策決定に口を出せる人物ではありません。彼がいなくなってもプーチン大統領の権力構造に根本的な変化があるわけではないのです。プリゴジン氏は「近代ロシア史上、初の武装反乱を起した男」でした。専門家の間でも、「このままプリゴジンを野放しにしていると、プーチン体制に影響があるのでは?」と考えていた向きは多かったと思います。案の定、スルーされずに暗殺されてしまったという感想です。

異例の“ハートウォーミング”な追悼演説

 ただ、プーチン大統領がプリゴジン氏に対して、一定の好感を持っていたことは事実だと思います。暗殺した人物に対して、プーチン大統領が哀悼することはこれまでなかったはずですが、プリゴジン氏への言葉は暖かい。

プリゴジン氏ほかワグネル幹部の搭乗していた飛行機の墜落現場 ©時事通信社

 暗殺された後のテレビ放送では、「1990年代から、彼のことを知っているが、プリゴジンは才能のある男だった」「ロシアのために成果を上げた」と語っています。そして、「複雑な運命を辿った人物で、重大な間違いを犯した」と語っている。表現の仕方がずいぶんと“ハートウォーミング”で、プリゴジン氏のことを人間としては決して嫌いじゃなかったんだな、と思いました。他の政治的暗殺で亡くなった人と比べると、扱いが全然違う。

 プリゴジン氏は「プーチンの料理人」で、プーチン氏が大統領になった2000年以降、プリゴジン氏のレストランに行くようになったというのが公式的な説明だったんです。それが今回のテレビ放送では、1990年代から関係があったことをみずから明かしている。プリゴジン氏は「ホットドッグ屋で身を立てた」と言われていますが、おそらくそれは嘘で、本当はサンクトペテルブルグの闇カジノでのし上がったようです。そして当時のサンクトペテルブルグ市闇カジノ撲滅委員会の委員長が、プーチン氏だった。推測するに、このときから2人の関係はズブズブだったのだと思います。だからこそ、プリゴジン氏は闇カジノで半グレのように儲けることができたのではないでしょうか。このあたりの関係をプーチン氏は認めているわけではありませんが、今回のあいさつでも「昔から関係があった」と認めています。

なぜ「2カ月後」にプリゴジンは殺されたのか

 今回の爆発工作を主導したのが、連邦保安庁(FSB)なのか、連邦軍参謀本部情報総局(グルー)なのかはわかりません。が、プーチン大統領の意思決定のもとで殺されたのは確実だろうと思います。浅からぬ関係にあった2人ですが、大統領としてはクーデターを起そうとした人物を見過ごすわけにはいかない。「俺に逆らったヤツをちゃんと処罰したぞ」という姿勢を示しておく必要があったんだと思います。

 プーチン氏が恐れていたのは、来年の3月18日に行われるだろう次の大統領選への影響でしょう。国内が「弱腰のプーチンには任せられない」という空気になるのは最悪です。武装蜂起の2カ月後というタイミングで粛清されたわけですが、これは、プリゴジン氏が二度と逆えないように牙を抜くための準備期間だったというだけでなく、プーチン氏が“内政モード”に入っていく時期と重なっていたとも考えられます。

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source : 文藝春秋

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