インド仏教の最高指導者は日本人

佐々井 秀嶺 インド仏教僧
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被差別民を救う僧侶の目に今の日本はどう映るのか(取材・構成 白石あづさ・フリーライター)

 インド仏教を復興するために俺なりに長年、力を尽くしてきた。今は「インド仏教の最高指導者」などと言われているけど、ここまで来られたのもインド人が、俺を一人前の人間にしてくれたからだ。

 俺はさんざん人に迷惑をかけ、女を捨て、成功者を妬み、三度も自殺未遂を起こすような、泥だらけの最低な人生を歩んできた。こんな一文無しの坊主に食事を供養し続け、生かしてくれたのがインドの人々だったんだ。

 こう語るのは、僧侶の佐々井秀嶺氏だ。黄色の袈裟にユニクロのフリースという出で立ちで、柔和な表情を浮かべている。今年88歳だが、歯切れよく半生を語る姿からは年齢を感じさせない。

 インドは人口14億人を超え、今年、中国を抜いて世界1位となる。最近はグローバルサウスの盟主と呼ばれ、ITや映画など多くの産業で躍進を続けてきた。そんなインドで今、爆発的に仏教徒が増えていることは、あまり知られていないだろう。半世紀前まで数十万人だったのが、現在は約1億5000万人。その復興の立役者となったのが佐々井氏だ。

 私は以前から彼を取材し、著書『佐々井秀嶺、インドに笑う』にもまとめているが、ここ数年、世界各国から佐々井氏のもとに取材が相次いでいるという。日本でも2019年に日経ビジネスの「世界を動かす日本人50」に選ばれ、今年2月にTBSの「世界ふしぎ発見!」で紹介されるなど、一大ブームが巻き起こっているのだ。

 今回、4年ぶりの来日を果たした佐々井氏の目には現在の日本がどう映るのか? 自身の半生から、躍進するインドの実情、日印の仏教界の違いを語ってもらった。

佐々井秀嶺 ©文藝春秋

 俺は、岡山県の阿哲郡にある菅生(現在の新見市菅生)という寒村の生まれ。5人兄弟の長男だった。恥ずかしながら、祖父や父には女性問題がつきまとい、その「色情因縁」の黒い血が俺の中にも流れている。若い頃は強すぎる性欲に苦しみ、生きる希望も湧かず、自分のことを「世紀の苦悩児」だと思っていた。酒を飲んで暴れては道路にひっくり返り、何度も警察の世話になった。自殺未遂も繰り返したな。仏教に出会ったのは24歳の時だが、それも死に場所を求めて彷徨い歩くうちに疲れ果てて、倒れ込んだのが、たまたま山梨県にある大善寺の門前だったんだ。ただ、そこからはまがりなりにも、修行を頑張った。高尾山薬王院で得度して「秀嶺」の法名をいただいたのもこの頃だ。

満月の夜に龍樹菩薩が現れた

 修行と学問に励み、30歳になると、薬王院の貫首の命で交換留学僧としてタイへと渡った。ただ、僧侶を手厚く遇する小乗仏教のタイで、佐々井氏は怠惰な生活に溺れ、再び色情因縁の血が騒ぎ、色恋沙汰にも巻き込まれている。言い寄ってくる女性からピストルをつきつけられ、命懸けの修羅場も体験したという。再び奈落の底に落ちた佐々井氏は、日本に帰るわけにもいかず、1967年、逃げるようにインドに渡った。

 インド北部のラージギル村に、日本人僧の八木天摂という上人がおられて、最初はそこでお世話になった。ただ、ある満月の夜、外で座禅を組んでいると信じられないことが起きたんだ。

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source : 文藝春秋 2023年11月号

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