〈前代未聞の就職氷河期〉絶望する中国の若者と“労働詩”に謳われた国家へのホンネ

楊 駿驍 中国現代文学・文化研究者

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就職「超」氷河期に苦しむ中国の若者

 中国の若者が、前代未聞の就職超氷河期に直面している。

 中国国家統計局が発表した2023年6月の16〜24歳の若年失業率は21.3%と、いまだかつてない数値を叩き出した。

 過酷な受験戦争を勝ち抜いたのに、仕事が見つからず、結局生活するのにぎりぎりの給料しかもらえない「底辺」、すなわちブルーカラーの仕事しか見つからなかったという人も続出した。「卒業即失業」といったブラックジョークもSNSで飛び交うようになった。中国の学生たちは、自らの努力と犠牲に見合った見返りを得られないことに、深く落胆しているのだ。

今年9月14日、上海のベンチでうなだれるように眠る男性 ©時事通信社

 

 中国政府は社会的なパニックを恐れてか、その後、若年失業率の公表を一時停止すると発表したが、これは社会的な安定と統制を何よりも重視する中国らしいやり方である。ただ、中国のネット上でもその隠蔽とも取れる措置を批判する声が強く、むしろ逆効果となっているようだ。

 世界のメディアでは「このままでは中国経済は大変な状況になっていくのではないか?」と語られ、彼らなりの分析を報じている。なかでもまことしやかに流布しているのは、この不況が中国の「ゼロコロナ政策」による影響、すなわち「経済版コロナ後遺症」だとするものだ。

 しかし、私はコロナ禍よりもはるか以前から、中国社会における労働をめぐる病は深刻な形で進行していたと考えている。いわば、「経済版コロナ後遺症」は単にその“持病”を悪化させただけなのではないか。本稿では、この“持病”の実態について、データと歴史をたどりつつ、詩と労働という点から迫ってみたい。

 なぜ「労働者の詩」をここで取り上げるのかというと、日本とは違い、労働者が詩を書くという伝統が中国にはあるからだ。中国では、現実の過酷さについて身を以て経験してきた出稼ぎ労働者や「農民工」たちこそが、みずから積極的に詩を書く。そもそも労働者の詩は国家建設のために労働者を動員する手段としても使われていた。それが時代を経て、労働者の生活の過酷さを赤裸々に告白する内容へと変化してきた。だが、そこには一貫した問題点、すなわち中国人労働者が抱える“持病”が象徴的な形で見えてくる。

2.9億人の「農民工」こそ圧倒的マジョリティ

 まず、確認しておかなくてはならないのは、中国における労働者は大学の卒業生、すなわちホワイトカラー予備軍のみを指しているわけではないということだ。

 製造業、エッセンシャルワーク、サービス業、建築業などは、むしろ農村からの出稼ぎ労働者、いわゆる「農民工」が、きわめて低い賃金で、そして高い流動性や不確実性に満ちた労働環境の中で担っていることが多い。

 2022年時点では農民工の数は2.9億人に達している。日本の総人口よりも多い。その中でも、最終学歴が中学である層が55%も占めており、高等専門学校以上の学歴を持つ者はわずか13%にすぎない。

 また、農民工以外の労働者も含めたブルーカラーは全体で4億人もいる。ホワイトカラーの中産階級は2億人だと言われているので、ブルーカラーの労働者はその2倍だ。

 日本にとっての「就職」とは、高校か大学の卒業生が行うものというイメージがあるが、中国ではそうではない。中国における「就職」を知るには、圧倒的なマジョリティである農民工を見る必要がある。

自殺したフォックスコンの労働者

 彼らを取り上げたルポルタージュやドキュメンタリーが日本でも少なくない。その中でも、福島香織の『中国絶望工場の若者たち』(PHP研究所、2013年)は力作だ。農民工、それも若い第二世代の農民工の現実を深く描き出している。

福島香織著『中国絶望工場の若者たち 「ポスト女工哀史」世代の夢と現実』PHP研究所、2013年

 この世代の農民工の心象風景をよく表した詩があるので、ここで紹介したい。この詩を書いたのは私と同年代の、とある中国人労働者であり、彼は後に自ら命を絶った。その詩はその死後に研究者によって編集され、出版された。

 ネジが地面に落ちた/この残業の夜に/まっすぐに落ちていき、軽い音を立てた/誰かの注意を引くことはない/ちょうどこの前の/ある似たような夜に/誰かが地面に落ちたのと同じように(許立志「あるネジが地面に落ちた」より。2013年前後)

 この詩を書いた労働者の名前は許立志、1990年生まれで、いわゆる「90後」の世代だ。2010年頃、劣悪な労働環境などの原因で、工場内で飛び降り自殺者を多く出したという悪評で知られる「フォックスコン」の工場で、許立志は働いていた。生きていれば、現在33歳。私と同じように結婚して、子どもを儲けていたかもしれない。しかし、現実では、彼は2014年にビルから飛び降りて自殺している。仮に自殺しなかったとしても、驚くほど低賃金労働者の彼が結婚のコストを負担できるはずはなかっただろうし、子どもの養育費を払うのはさらに無理だっただろう。

 フォックスコンは、日本人も大好きなiPhoneやiPadなどのアップル製品の製造を請け負っている台湾に本社を置く会社である。そこでは労働者は厳しい労働条件を突きつけられ、毎日「ネジ」のように働きつづけていた。だから、「ネジ」が地面に落ちたぐらいで、誰も気にしないのと同じように、メディアが騒ぎ立てないかぎり、誰が飛び降りようと注意を引くことはない。「ネジ」は機械を動作させる以外に存在意義を持たない、顧みられない存在である。許立志はそのことを詩に書いた。

フォックスコン工場で働く労働者たち ©時事通信社

 許は自殺する前に、一度、フォックスコンの労働者を辞めて、人生の別の可能性を探していたことがある。結局、それもうまくいかずにフォックスコンに戻ってきた時点で、許は自分の置かれた境遇に絶望していたのかもしれない。彼が飛び降り自殺したのは、まさにフォックスコンと新たに2年間の契約を更新した直後だった。

 彼は多くの優れた詩を残した。先に見たように、中国で労働者が詩を書くのは決して珍しいことではない。

『我的诗篇 (The Verse of Us)』(2017年)というドキュメンタリー映画は、そんな若い労働者の生活と詩作の様子を記録している。ある若い詩人が、より良い仕事を求めようと、就職活動を開始したが、企業の採用担当者に自作の詩を読み上げて、そんなものに何の意味があるかと、人事の担当者に説教されるといった場面もある。自己分析や入社テストへの対応に追われる、日本人の就活学生にも感覚的に理解できるシーンだろう。

 中国における労働者の心象風景は、詩を通じてこそ象徴的に現れる。それは現代のワーキングプアにとどまらず、この社会に巣食う“持病”の姿が鏡のように現れている。ここで、簡単に中国における労働と詩の歴史を紐解いてみたい。

 ひとことで言えば、その”持病”とは、労働者は賞賛されようが、否定されようが、常に動員や搾取の対象、すなわち、国家建設の手段であり続けてきたことにほかならない。

毛沢東時代、「労働」は詩で賛美された

 近代以降、中国では詩と労働の関係性は、日本人が想像する以上に近しいものだった。あまり知られていないかもしれないが、中国共産党は詩を含む「文芸」の力を特に重視してきた。文芸は中国近代史において政治や社会におけるイデオロギーや思想を牽引し、人々を動員するために有効な手段だったのだ。

 そして、中国共産党が文芸の「読者」として想定してきたのは、他ならぬ労働者である。たとえば、いちばん有名なものに、1943年の毛沢東による「文芸講話」という論文がある。そこで毛沢東は「文芸は誰のためのものか」という問いに対して、何よりも「人民」のため、その中でも革命をリードする「労働者」のためのものであるべきだと述べている。「文芸講話」は後の中国文学全体の方向性を決定づけた論文だった。

「詩」はそのコンパクトさとリズムによって、より多くの人に、より強いインパクトを与えることができる上に、作る手間も少ない。人々をイデオロギーに染め、運動に駆り立てることに適していると同時に、自己表現の形式としても優れている。そのため1958年の「大躍進政策」の際には、労働を賛美する詩が多く作られた。

 中国の科学・文芸官僚のトップも務めた作家の郭沫若が、その時期に全国で創作された民謡と詩を集めたアンソロジー『紅旗歌謡』を編纂している。その中の作品を見てみよう。

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source : 文藝春秋

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