「大谷翔平と似ている」── 王座を奪われた棋士が語る、その強さ
王座戦をいま振り返ると、こちらの内容が良すぎただけに「欲が出てしまった」という感じでしょうか。内容だけ見ると勝つこともできたかなと思うんです。
ただ、これは結果論であって、その時のベストは尽くしているので、考えても仕方がない。精一杯やれたのは良かったと思います。
最終第4局の勝敗を決めた、私の一手について聞かれることが多いですが、端的に言って、素人の方に説明するのは難しいです。失礼ながら、百とゼロとまでは言いませんが、プロ棋士でも藤井さんや私のレベルに達している人は、ごく限られている。それぐらい棋力に圧倒的な差があります。
いまは、AIソフトの分析を使って解説がなされるわけですが、素人の方や棋力のない棋士がやると、意味が分からないことになる。AIの点数だけでは分からないんです。理解してもらうのは難しいというか、ほぼ無理です。説明のしようがない。
10月11日、藤井聡太が将棋界で史上初の「八冠制覇」を達成した。全タイトル制覇は、羽生善治九段が1996年に七冠を達成して以来で、21歳2カ月での前人未到の偉業達成だ。
藤井の「八冠」への道に最後に立ちはだかったのは、「王座」の永瀬拓矢(31)だった。2人が激闘を繰り広げた王座戦は、最終局となった第4局で、藤井が指した122手目の「5五銀」に対して、永瀬は「5三馬」を指した。その瞬間、永瀬の勝利を99%と予測していたAIの評価値が10%以下にまで一気に低下。大盤解説や報道では、「これが“運命の一手”となって勝敗を決定づけた」と評された。
勝手な説明や解説が出回っても、いちいち反論するのは時間のムダで、性格的にも興味がありません。間違った説明でも、素人の方がそれで何か分かった気になって、一つの“娯楽”として成り立っているのであれば、それでいいと思います。
でもそれは休憩中の食事に関する情報のようなもので、自分には関係ないことですが……そもそも人に対してこうして発信すること自体、自分としては、本当は意味がないとも思っています。
プロ棋士のなかでも、あの状況を深く理解できる人は、本当に一握りしかいないでしょう。
「ここでミスをした」などというのは、すべて盤面を「点」でしか見ていない。藤井聡太という最強の棋士を前に、あの局面を作り出したわけで、そこに至るまでにはさまざまな要素が複雑に絡み合っています。あの指し手に至るまでに辿った、そうしたプロセスが抜け落ちてしまっているんです。
「年齢」は“数字”にすぎない
――2017年以来ずっと一対一の研究会を続けてきた永瀬さんと藤井さんは、互いに唯一無二の存在だと思いますが、研究会を始めたきっかけは、ネット配信番組「炎の七番勝負」での対局だそうですね。この時、羽生善治三冠(当時)、佐藤康光九段など、名だたる棋士たちが藤井さんに次々に敗れるなかで、永瀬さんだけが勝利しています。
永瀬 勝ったのは私ですが、初めての対局で刻まれた印象は、あまりに強烈でした。藤井さんはまだ14歳でしたが、明らかに「常人ではない」感じがした。終盤戦に備えて時間を残すのが普通なのに、序盤から時間をかけて長考していて、妥協する姿をいっさい見せない。それで後日、ある方から藤井さんのメールアドレスを聞いて、「VS(研究会)をしたい」と本人に申し込んだんです。
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source : 文藝春秋 2023年12月号