三回忌だって。会えないまま、私は年をとってしまうよ――2021年11月、心不全により99歳で亡くなった作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん。秘書として最後の11年を一緒に過ごした瀬尾まなほさんが綴った、寂聴さんのいない現在。
朝出勤した後、メールのチェック、返信をしたりして仕事をする。その後タクシーを予約し、台所の棚の中や冷蔵庫から何か差し入れするものはないかと考える。コーヒーをいつも飲んでいるから、今日はココアにしようか。ココアを飲むと必ず「おいしい」と漏らすような声を出すんだ。コーヒーは日によって今日はまずいとか、濃いとか、今日はおいしいね、珍しく丁寧に入れたの? なんて言われるからなかなか面倒くさい。
ココアがないから病院へ行く前にスーパーによって買おうか。そんなことを考えていたらインターホーンがなりタクシーがきたことを知らせた。
行き先を告げ、病院へ向かう。大覚寺から広沢の池を通る。平安中期の遍照寺建立の際に開削されたという周囲1キロにもわたる大きな池である。平安期は観月の名所として貴族が訪れ多くの歌を詠んだとか。風情あるこの場所は1000年以上も変わらない。変わらない情景が続いていることにいつも感心していた。
何度通っただろう、30分ほどかけて病院へ行く。通院時に「遠い」、と愚痴られることにも慣れた。
ナースステーションで検温、名前を書き挨拶をし、病室へ入る。手洗いをし、眠っている耳元に、
「おはようございます!」
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source : 文藝春秋 2023年12月号