私は、ドキュメンタリー番組のディレクターとして、2004年から17年間、私が《先生》と呼ぶ瀬戸内寂聴さんの密着取材を許され、9本のテレビ番組、1本のウェブ配信番組を制作し、今年5月から公開している映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』の監督を務めた。その中で、「私と先生の関係はどんな関係なのか」と語り合うシーンがある。
先生はこう言った。
「裕さんと私は母親と息子か、親戚の叔母と甥みたいな関係かなと思っているんだけど、あなたに以前聞いたら、『いや男女の関係ですよ』と言うから『へぇー』と思った」
私と先生は、初対面の頃から不思議とウマがあった。文学に疎い私は、文学談義の相手はできなかったが、雑談なら何時間でも付き合うことができた。出会って1年後くらいだったか、先生からラブレターのような手紙をいただいた。原稿用紙に認められたその内容は、「転倒して頭を切って出血し、意識が遠のいたとき〈裕さんにもう会えないかと思うと寂しいと思った〉そのことを言っておきたかった」というものだった。
私は自分の気持ちをどんな言葉で伝えようか思案した挙句、アメリカのSF小説に登場する不思議な宇宙生物に目をつけた。それが、カート・ヴォネガット著『タイタンの妖女』(浅倉久志訳、早川書房)に登場する《ハーモニウム》だった。水星の洞窟に暮らす半透明ひし形の生物で、音(歌)をエネルギー源にしているハーモニウムは、飢え、妬み、野心、不安、怒り、宗教、性欲とは無縁で、他の生物を傷つけることをしない生物だ。彼らが互いに伝え合う言葉は2つしかない。私はそれをこの世で最も美しいメッセージだと思っているので、その言葉を返信として送りますと先生に伝えた。
〈ボクハココニイル、ココニイル、ココニイル〉
〈キミガソコニイテ、ヨカッタ、ヨカッタ、ヨカッタ〉
先生からは、〈私に恥をかかすまいと、暖かい言葉をありがとう〉と返信が届いた。
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source : 文藝春秋 2022年10月号