16世紀仏文学の研究と翻訳で業績をあげ、批評家としても活躍した渡辺一夫(1901〜1975)。渡辺訳に新訳で挑んだ“孫弟子”の宮下志朗氏が師への思いを語る。
はじめに大江健三郎がいた。「今日はおれの誕生日だった、おれは17歳になった」と始まり、「おお! キャロル」(ニール・セダカだ)と歌いながら優等生に「むかつく」高校生のモヤモヤ、内的独白の噴出とその帰着。『セヴンティーン』につかまった1960年代半ば、次々と大江を読んだ。彼は『フランスルネサンス断章』を読んで著者渡辺一夫の教えを受けるべく東大仏文をめざしたという。早速、増補版『フランス・ルネサンスの人々』を読んだ。ですます調による「ユマニスト」たちの評伝集だが、16世紀フランスは遠い過去の世界、狂信と寛容思想とのせめぎ合いを深く理解できたはずもない。むしろ、著者推賞ツヴァイクの評伝『権力とたたかう良心』が、カルヴァンという「権力」をナチスドイツの台頭と重ね合わせていたから、わかりやすかった。でも、渡辺訳のラブレー――最初は縮訳版で読んだ――には圧倒された。荒唐無稽なストーリー、グロテスクで、ときにスカトロジックなスタイルに酔い痴れた。ヌーヴェル・ヴァーグにヌーヴォー・ロマン、もちろんフレンチポップス(映画《アイドルを探せ》のバルタンに夢中)、あの頃のフランスはかっこよかった。(海外に雄飛する)商社マンになるはずの学生は、迷ったあげく仏文科に針路変更、渡辺の高弟でラブレー縮訳版を編み、大江と『渡辺一夫著作集』を編んだ二宮敬先生についた。
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