サイエンスライターの佐藤健太郎氏が世の中に存在する様々な「数字」のヒミツを分析します
以前、本連載でニセ論文作成サービス「ペーパーミル」を取り上げたことがある。しかし、実は論文を載せる側の論文誌にも、あくどいビジネスを行っている者がいる。
科学者が論文を発表するまでには、長いプロセスがある。科学者は、研究結果を論文にまとめ、レベルや分野などが適切と思われる論文誌に投稿する。受け取った論文誌の編集者は、その分野に精通した研究者を選び、審査を依頼する。審査員は、その論文が掲載誌にふさわしいか、内容に誤りはないか、追加すべき実験はないかなどをチェックして返送する。著者は内容の修正や追加実験などを行い、問題なしとなれば晴れて論文掲載ということになる。こうした手順を踏むことで、研究の信頼性は保たれているのだ。
最近では、掲載までにかかる諸費用は、論文著者が負担するケースが増えている。ここに、悪徳論文誌(ハゲタカジャーナルと呼ばれる)の暗躍する余地が生まれる。ハゲタカジャーナルの多くは、有名論文誌とよく似た誌名がつけられており、編集委員にも有名研究者が並んでいる。しかしこれら編集委員の名前は勝手に載せられたものであり、本人が気づいて削除を要請しても聞き入れられないというから呆れる。
ハゲタカジャーナルでは、まともな論文誌のような審査はほとんど行われない。ある人が架空の大学名・研究者名で、中身も極めていい加減な論文をハゲタカジャーナルに送る実験をしたところ、82パーセントがそのまま掲載されたという。そしてうっかり論文を投稿すると、1本あたり数十万円という高額な掲載料を要求される。これを問題視したある大学関係者が、ハゲタカジャーナルのリストを作って公表したところ、出版社から10億ドルの損害賠償を求める手紙が送られてきたというから恐ろしい。
それだけであれば、みなが気をつけて投稿しないようにすれば、やがて淘汰されていくだろうと思える。ところが、悪徳誌と知りながら論文を送る者もいるのだ。とにかく見せかけでもいいから業績が欲しい研究者もいるし、健康食品やニセ医療などの権威づけのために利用されたりもする。このため、今やハゲタカジャーナルとみなされている論文誌の数は、約1万5000にも及ぶという。
欲望があるところに、あくどい商売は必ず発生する。研究の世界も、まさに百鬼夜行なのだ。
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