バチカン天文台での国際会議

第6回

大栗 博司 物理学者
ビジネス サイエンス
 

 この夏には、バチカン天文台での国際会議で講演をする機会がありました。

 この天文台は、ローマ中心部から車で1時間ほど、かつてはローマ教皇の夏の離宮であったガンドルフォ城の敷地内にあります。バチカン市国が治外法権を持っていて、ダン・ブラウンの小説『ダビンチ・コード』では秘密の会合が開かれる場所となっています。

 全世界のカトリック教会を統率するローマ教皇庁が、天文台も運営しているとは意外ですが、実は、天文学の研究は、古代から国家や宗教組織の支援を受けてきました。

 たとえば紀元前2000年頃のバビロニアの王は天界とのつながりがあり、神から戦争、飢饉、疫病などの前兆を受け取ることができるとされていました。王の権威を保つために、月食や日食などの天文現象を正しく予言する必要があったので、毎日星を観測して記録をつける役人が配され、おかげで天文学が発達しました。

 また、正確な暦を作成して人々の時間を管理することも重要でした。冲方丁の小説『天地明察』では、それまで800年間使われてきた宣明暦の間違いを修正して、新しく貞享暦を作成する渋川春海の生涯が描かれています。

 ローマ教皇庁と言えば、16世紀に設けた異端審問所が、ジョルダノ・ブルーノやガリレオ・ガリレイら天文学者を処罰し、科学の発展を妨げたというイメージがあります。しかし、教皇庁は天文学に無関心だったわけではありません。たとえば、その少し前に教皇だったグレゴリオ13世(在位1572-1585)は、1600年使われて太陽周期とのずれが問題になってきたユリウス暦を改め、現在世界のほとんどの国で使われているグレゴリオ暦を制定しました。

 教皇庁に天文台を設けたのもグレゴリオ13世でした。20世紀になって、ローマ市街の街明かりが観測のじゃまをするようになったので、天文台は郊外のガンドルフォ城に移設されました。そこでも観測しづらくなってきたので、今では米国のアリゾナ大学が運営する天文台の敷地内に設置した望遠鏡で観測を行うようになりましたが、研究の本部はガンドルフォ城にあります。

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source : 文藝春秋 2024年10月号

genre : ビジネス サイエンス