
人生の3分の2は素粒子のことを考えてきた。
すべてのものは、突き詰めると素粒子からできています。
素粒子の世界では、日常とは異なる法則にしたがう普段経験しない現象が起きています。しかし、素粒子のことばかり考えている私には、日常よりもそちらの世界の方が自然に感じられることがよくあります。
素「粒子」というくらいなので、粒子なのですが、素粒子には「波」としての性質もあります。つまり、「すべてのものは粒子でもあれば波でもある」のです。
と書いてみましたが、これだけでは意味不明だろうと思います。
先日も、経済学者の成田悠輔と「夜明け前のPLAYERS」という番組で対談をしていたときに、素粒子の話題になって、「すべてのものは波でもあるので、」と当たり前のように話し始めたところ、「オカルト系の人も言いそう」と、もっともな指摘を受けました。
波というと、水面が上下に揺れる様子を思い浮かべると思います。水面だけでなくすべてのものが波であると言われても、イメージしにくいのではないでしょうか。
すべてのものは粒子でもあれば波でもあるという主張は、今から100年前に確立した「量子力学」の原理です。これは、今年度のノーベル物理学賞の授賞対象とも関係があります。そこで今回は、粒子と波をキーワードに量子力学の世界の解説をします。
現実離れした話のようですが、量子力学は私たちの生活を豊かにする数々の技術の基盤になっています。
たとえば、電化製品の半導体技術、夜を明るく照らすLED、私たちの命を救うMRIやCTスキャンなどの医療技術、スマホの地図アプリに使われるGPS衛星の原子時計、太陽光発電、リニアモーターカーを浮かせる超伝導などの開発には、量子力学が使われてきました。
最近ニュースにもよく登場するようになった量子コンピュータは、既存のコンピュータでは扱えなかった問題を一瞬で解く可能性があるので注目されています。
ネット決済などで個人情報を暗号化して送る際には、大きな数の素因数分解が困難なことを想定しています。しかし、量子コンピュータが実現すれば、素因数分解が短時間で可能になり、暗号化したはずの個人情報が解読できてしまうのです。
量子コンピュータに関係する発見は、最近のノーベル物理学賞の授賞対象ともなっています。
まず、2022年度の授賞対象となった実験は、「量子もつれ」という量子コンピュータ技術の基礎概念に関するものでした。
さらに、今年度の授賞対象も量子コンピュータに関係があります。コンピュータ全体が量子力学の原理で作動する量子コンピュータでは、膨大な数の電子を精密にコントロールする必要があります。今年度授賞対象となった実験では、電子回路全体が波としての性質を示すことが実証されました。これで量子コンピュータの実現可能性が高まったのです。
この実験のリーダーであったジョン・クラークは、カリフォルニア大学バークレイ校の名誉教授です。私が同大学の教授に着任した1994年には、この実験を行ってからすでに10年近くがたっており、物理学教室でも長老の風格でした。教養ある英国紳士で、教授会の運営などで助言をいただいたこともあります。
すべてのものは粒子でもあれば波でもあるという原理は、私たちの身のまわりの物質にも、それが発する光にも当てはまります。まずは、光について、この原理が明らかになった歴史を振り返ってみましょう。
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