追悼・福田和也 笑顔、酔眼、暴食。

立川 談春 落語家

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 福田氏は突然週刊新潮の連載コラムで私を褒めてくれた。面識の無い人から褒められたのははじめてでもちろん嬉しかったが、この人誰? が正直な感想だった。その直後のこと。「福田和也は俺の芸を俺の知らない観点から分析してくる。こんな奴は滅多にいない。大事にしてやらなきゃいかん」と私の師匠七代目立川談志はいきなり楽屋で話しだし、えっ、福田和也ってあの人のこと? 師匠の知り合いなのと、私は聞き耳をたてた。「若い奴が理解するんだ。その為に学び、己の知識やレベルを上げるんだ。その行為を対象者に対しての愛というんだ。徒弟とは弟子が師匠を理解するんだ、教わることはできるが教えることはできないんだ」熱く語る談志を見て私は氏に近寄ることをやめる。御礼を申し上げることも含めて。氏は談志の御客様でそれもとても大事に思っているから近づかないほうが身のため、と。しばらくしたら氏から近づいてきてくれた。「お食事を差し上げたい。ついては帝国ホテルのフロント前でお待ちしています」約束の当日、約束の場所に氏はポツンとひとり佇んでいた。緊張した面持ちだったと記憶している。おひとりとは思いませんでした、と言ったら「うんと考えましたがグループ交際からスタートしたのでは深いお付き合いができないと思いまして」といった。目は一度も合わせてくれないが全身で私の返答と気配を窺ってくれていた。その後私は氏を大将と呼ぶようにした。美味しいものを必ずご馳走してくれるから。太鼓持ちが御客様を呼ぶ時に使う呼称であり、それなら談志に対しての申し訳も立つと思い込んだからだ。大将に原稿を書いて欲しい、と言われて断れなかったのはご馳走になってばかりだったからで、それがまとまったものが拙著「赤めだか」で講談社エッセイ賞をいただいた。今後どうしましょうと大将に尋ねたら「書き続けてください。どんなものが書きたいですか」と問われて、色川武大先生みたいな文章と答えたら「うーん。憧れるのはわかるけど、あの迷いの森に入って生きて抜け出してきた人はほとんどいないから」と困った顔をしたあととても嬉しそうに笑った。その笑顔で少しは恩返しできたのかと思い、同時に書くことから足を洗おうと決めた。ここから先は大将と戦いになると直感したから。私はすでに師匠を持っていたから。

福田和也氏 Ⓒ文藝春秋

 その私の思いを見抜いたのは氏の信頼していた編集者独りだけだった。「談春師匠に賞をあげてはいけなかったのかもしれません。なぜなら貴方はもう書かないでしょ。そしてその判断は間違いだとも私は言い切れないのです」。今回の追悼文の依頼はその人から受けたから断れなかった。この言い訳はしておかなければいけないと思う。今後誰かが福田和也と向き合い氏の遺した作品を好き嫌いや正否ではなく評論、表現できないならそれは恥ずかしく貧しいことだろう。それも少しでも早くに。のちの時代にならできるだろう。それは憧れだから。憧れを突き詰めて、突き離すのは大変だが同じ時代をいきられなかったという想いを苦行に変えられる人は必ず出てきてくれる。福田和也がそうだったように。今すぐではどうしても嫉妬から逃げられないというならそのまま書けばよいではないか。嫉妬を芸として昇華させるかどうかが勝負なんじゃないのか。氏はそれを許すと思う。たとえ半端に終わってもその覚悟に対して氏独特の、蕩ける笑顔で応えてくれると思うけどな。その笑顔が嫌いなんだ、と言われるなら仕方がない。

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source : 文藝春秋 2024年11月号

genre : ライフ 芸能 ライフスタイル