「自分がどんな人間になりたいのか見当もつかないのです」中国最高学府の学生が苦しむ〈空心病〉と“中国式”受験競争の激化

中国における「発展」と「内巻」 前編

楊 駿驍 中国現代文学・文化研究者

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中国で異例のヒットとなった「子育てゲーム」

『中国式家長 Chinese Parents』という、中国のインディーゲーム(少人数・低予算で開発されたゲームソフト)が2018年にリリースされている。このゲームはインディーにもかかわらず、中国国内で280万本を売り上げるという驚異的なヒットとなった。現在はスマートフォン版も日本語にローカライズされるなど、世界的にも人気のゲームだが、その内容はとても独特なものだ。最終的なゴールが大学受験という、「お受験」のシミュレーションゲームなのだ。

日本語版もリリースされている『中国式家長』(公式HPより)

『中国式家長』でプレイヤーは中国人の親として、わが子の0〜18歳までの子育てをシミュレーションする。最終的なゴールは大学受験の成功であり、それを達成するために、「赤ちゃん」のときからいかに効率的に教育を進めるかを考えてプレイしなければならない。1日で使える「行動力」は限られており、子どものストレスを考慮せず、全ての「行動力」を勉学に使ってしまうと子どもがトラウマを患ってしまい、ゲームオーバー。プレイヤーは適宜、わが子にスポーツなど息抜きの時間を与えながら教育ゲームを進めていく必要がある。

 大学受験に成功すると、子育ては終了し、「1周目」はクリアとなる。だが、ここでゲームは終わらない。わが子が結婚して子どもを産むと(「1周目」のプレイヤーの視点からは「孫」にあたる)、今度は「一周目」の子どもが親となって「2周目」にあたる自分の子の“教育ゲーム”が始まるのだ。2周目には1周目のステータスが引き継がれていき、大学受験を究極の目標とする子育てゲームがループしていく。

 なぜ、この『中国式家長』は中国で話題となったのか? それはこのゲームが中国人にとって、きわめてリアルなものだったからだ。試行錯誤しながら子どもを少しでもいい大学に入れようと努力する親。それは現実離れしたゲームのなかだけの世界ではなく、今の中国社会にとって見慣れた光景なのである。

 一つ、実際の中国の親世代の例を紹介しよう。北京市在住の母親である安柏(アンボー)が、周囲から遅れをとっていた小学生の息子をいかに教育して中学受験に成功させたかを『上岸』というノンフィクションの書籍にまとめている。「上岸」とは最難関中学に合格したことの隠語であり、この本は子を持つ親世代に広く読まれることとなった。

『上岸』の内容は次のようなものだ。中国国内で最も教育環境に恵まれているのは北京市内で、ほとんどの最難関中学校は「海淀区」に集中している。海淀区にある学校出身の子どもたちの多くが、日本でいう東京大学にあたる北京大学や、それに次ぐ清華大学、ひいてはアメリカの名門校アイビーリーグへと進学していくのである。

『上岸』の著者・安柏は北京市内にいるからとすっかり安心しきっていたため、息子が小学校4年に上がるまでほとんど学習塾に行かせていなかった。

 だが、周りの親たちがわが子の受験の準備に勤しんでいるのを見て、焦り始める。息子もまた周りのクラスメイトが中学受験のために、学校以外に5〜8個もの課外塾に通い始めるのを見て不安になる。現在の中国で最難関の中学に進学するためには単に成績だけでなく、数学オリンピックの一等賞やピアノ10級といった、勉強以外の「特長」を持っていることが求められるのが現状なのだ。

 この中国の状況は日本の「ゆとり教育」が登場した経緯とも似ている。2000年頃までは中国でも「詰め込み教育」と過剰な学歴競争が広がっていたが、それに対する反省から、学校の勉強以外の「特長」もきちんと評価していこうという多様性を重視した「素質教育」へと舵を切り替えようとしたのだ。しかし皮肉なことに、その結果として受験競争をさらに過激化させてしまったのである。なぜなら、それは結果的に受験戦争の前線を勉強以外の「特長」にまで拡大させてしまったからだ。『中国式家長』がヒットする背景には、このような受験競争の激化と広範化がある。

『中国式家長』で過酷な競争を勝ち抜くには、子どもの「行動力」をいかに効率的に配分するかを考えながら、そのストレスが閾値を超えないように気を配るかのような教育が求められる。『上岸』で描かれたのは、それとよく似た「シミュレーションゲーム」のような子育てなのだ。言い換えれば、中国社会では子どもの生活全体が受験という「目的」にとっての「手段」に成り下がってしまっているのである。だが、この生の手段化を全うし、最難関の進学校に入って北京大学に合格できたとして、そこで子どもたちは「ゲームクリア」となるのだろうか? 

 めずらしいことだが、「教育の敵」としてゲーム文化に対して否定的な姿勢を取ってきた中国共産党の機関誌『人民日報』のウェブサイトに『中国式家長』のレビューが掲載された。興味深いのはその内容である。昨年、中国当局が青少年のゲーム利用に規制をかける法案を発表したことは知られているが(今年1月に撤回)、その機関誌が『中国式家長』のことを「親の大変さと親からの恩を感じさせ、社会的に共有されている価値を普及するのに恰好な作品だ」と、賞賛しているのである。それほど、中国国内で『中国式家長』的な教育観は浸透し、公的な言論機関もまた後押しするほど疑えない社会通念となっている。

過酷すぎる中国の「受験競争」

 『上岸』に描かれているゲームのような子育てには、「人生の手段化」という大きな問題がある。子どもの頃から「人生で成功するためには受験競争に勝ち抜かなければならない」と言われて育ってしまうと、その目的を果たせなかった場合、その子の人生もまた「使えないもの」として否定されてしまう。子どもの人生の成功があたかも「受験の成功」であるかのように考えることは非常に危険なのだ。

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