「文化大革命を生き延びた中国人」が生み出した新たな“ディストピア” 『三体』劉慈欣が育った〈1990年代中国〉の実相

中国における「発展」と「内巻」 後編

楊 駿驍 中国現代文学・文化研究者

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「ビッグ・ブラザー」から「カレラ」へ

 現代におけるディストピアを描いた小説として東西を問わず、世界で読み継がれる作品がある。ジョージ・オーウェルの『一九八四年』だ。中華人民共和国が建国された年でもある1949年に出版されたこの小説は、まさに全体主義国家が人々の自由を奪うディストピアを描いている。

 実際、『一九八四年』で予告的に描かれたように中国はその後「文化大革命」という“ディストピア”を経験することになった。毛沢東率いる中国共産党によって、「農民の労働形態こそ私たちが見習うべきもの」とされ、多くの人々が強制的に農村で働かされたのである。その後にどんな悲劇が待っていたかは改めて書くまでもないだろう。

ジョージ・オーウェル著、高橋和久訳『一九八四年〔新訳版〕』、ハヤカワepi文庫、2009年

 1977年に文化大革命が失敗とともに終わると、中国は文革時に行われた理不尽を反省し、市場経済の一部導入や海外の文化の輸入など「自由化」へと進んでいく。文化大革命の悲劇を反省し、より「自由で開かれた」社会へと向かった当時の中国は『一九八四年』のようなディストピアから抜け出したかのように見えた。

 しかし、その後の中国は前編で書いたような「内巻」という別種のディストピアへと変化していく。改革開放後の中国はもはや『一九八四年』が描いたような独裁者がすべてを決定し、自由が完全に奪われたようなディストピアではない。それとは逆に、多くのことがかつてないほどに自由になり、誰もが多くの選択肢を与えられるようになったにもかかわらず、まったく「不自由」に感じられてしまうようなディストピアなのだ。

「折りたたみ北京」といった作品で知られる中国のSF作家・郝景芳は、その自伝的小説『1984年に生まれて』(櫻庭ゆみ子訳、中央公論新社、2020年)でまさにそのことを描いている。

 物語は「1984年」に天津市の工場でエンジニアとして働く父・沈智と、その娘であり2006年に大学卒業を前にした軽雲という二人の視点で構成されている。1984年と2006年では中国社会における混乱のありようが一変してしまっていることが克明に描かれていく。

郝景芳著、櫻庭ゆみ子訳『1984年に生まれて』中央公論新社、2020年

 作品の中では「2006年」の中国社会が陥っている“ディストピア”がオーウェルの『一九八四年』における有名な言葉「Big Brother is watching you(ビッグ・ブラザーがお前を見ている)」をもじり、「They are watching you(カレラがお前を見ている)」というフレーズで象徴的に示される。ここの「ビッグ・ブラザー」に取って代わった「カレラ」とは独裁者や特定のイデオロギーではなく、「(合理的に考えて)こういう現実的な状況においてこうした方が良い/しなければならない」と「洗脳」しあう一般的な庶民だという。

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