富岡製糸場の登録から1年半。しかし、いま住民たちは困惑している
「世界遺産」と聞くと、「世界にその価値が認められた」と思われがちである。登録が決定すると地元では万歳三唱したり、マスコミも大騒ぎするのだが、あらためて世界遺産条約を読んでみると、その国には遺産の「保護、保存、整備活用、次世代への継承」(第4条/翻訳筆者)が義務づけられる。遺産を失うことは全人類にとっての損失になるので、当該国は「できることはすべて行なう」(同前)との厳しい規定。認められたというより、わざわざ国際的に保護責任を背負わされるわけで、何やら余計なことをしているような気もするのである。
ただいま工事中
群馬県富岡市にある富岡製糸場。平成26年、日本で18番目となる世界遺産(文化遺産としては14番目)として登録された。なんでも年間約134万人(平成26年 富岡市調べ)が見学に訪れているそうで、私も出かけてみることにしたのである。
午前10時。小雨の降りしきる中、製糸場の正門前には行列ができていた。ほとんどの人がパックツアーで来ているらしく、旗を持ったガイドに先導されて中高年の男女が連なっていく。高齢者が目立つことから地元の人はこの行列を「巣鴨通り」などと呼ぶらしい。
入口で入場料1000円を払って中へ。教科書で見覚えのあるレンガ造りの東置繭所(繭の貯蔵庫)を目前にして私は「これが有名な富岡製糸場か」としばし感心したのだが、その先に進むと目立つのは「工事中」の建物ばかりだった。繭の乾燥場は「2月の大雪で半壊しました」との表示。奥にある西置繭所は全面にシートがかけられ、「保存修理(仮設・解体)工事」に入っているとのことで、それにかかる費用が「4億8708万円」だと大きく記されている。敷地の周辺部に並ぶ社宅群も相当傷んでおり、雨樋が今にも落ちてきそうである。聞けば敷地内には建物が100棟あるが、公開できるのは2割程度。それ以外は今後30年かけて修復する計画なのだそうだ。
工事現場の見学に来たかのようなので、私は追加で200円を払って地元の解説員によるガイドツアーに参加した。定年退職した学校の先生たちなどが、富岡製糸場の歴史について講釈してくれるのである。
「このレンガ造りは『フランス積み』と呼ばれています。長崎の『イギリス積み』とは違うんですね」
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source : 文藝春秋 2016年2月号