30年目の「わたしたち」

林 洋子 兵庫県立美術館館長
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 2023年4月に縁あって兵庫県立美術館の館長に着任した。関西出身ながら、兵庫での暮らしや仕事の経験はなく、地縁血縁も薄い。ただ、引き受ける段階でつよく意識したのは、「遠からず、阪神・淡路大震災から30年を迎える」ということだった。そして、まもなく、わたしたちは2025年1月17日を迎える。

 兵庫県立美術館は、大震災と縁が深い。1970年秋に神戸市灘区の王子公園に隣接して開館した兵庫県立近代美術館の活動と収蔵品を発展的に継承し、大震災からの「文化の復興」のシンボルとして、2002年4月に脇浜海岸の地に開館したからだ。安藤忠雄氏による、美術館と公園一体型の設計で、同氏にとっても世界的に見て最大規模の仕事に位置づけられる。西日本ではもっとも歴史ある「近代美術館」のひとつで、全国的にも神奈川県立近代美術館、東京国立近代美術館、京都国立近代美術館に次ぐ存在である。現在、日本の近現代美術を中心に1万3000点を超える収蔵作品を持つ。

兵庫県立美術館 Ⓒ時事通信社

 大震災は旧近代美術館時代に発生した。村野藤吾の設計になる建物自体の倒壊はまぬがれ、特別展も展示替え中で外部からの借用作品に被害がなかったのは不幸中の幸いだったが、収蔵作品展では222点の展示作品のうち63点が落下転倒、38点が損傷。当日に出勤できた職員は当然ながら限られ、運搬可能な彫刻作品は収蔵庫に納めるなど余震に備えた。翌18日から長期臨時休館となり、8月に一部を再開し、全面開館できたのは11月11日だった。

 当館に限らず、阪神間には美術館・博物館が集中している。さらに地域の文化財も多い。これらの救援活動に向けて、文化庁の要請のもと、「被災文化財等救援委員会」が関係機関の協力で結成され、活動を行い、それを契機に平時からの文化財をめぐる災害への備えが議論されるようになった。その実績はのちの東日本大震災や以降の震災、風水害等の現場で生かされる。つまり、「文化財レスキュー」もこのたび、30年を迎えることになる。

 こうした経緯もあって、当館ではこれまでにも5年、10年等の節目ごとに震災体験を扱った企画を催してきた。そこではおもに直接の経験者、当事者による表現を提示してきたが、大震災30年を迎える今回は「次の段階」を目指した。大前提として「1995年1月17日」当日にこの地にいたか、この世にいたかは問わないこととしたのである。さらに、阪神・淡路の体験は一見「リージョナル/地域限定」に受けとめられうるが、より普遍性と説得力ある作家選定を行うことをこころがけた。

 わたし自身、震災当時は東京にいて、1995年3月に江東区木場公園内に開館予定の東京都現代美術館の新人学芸員だった。残業続きの毎日の遠い記憶は、阪神・淡路大震災と美術館の開館と、その一般公開の翌朝、ほど近い場所で地下鉄サリン事件が発生したことと混然一体としている。今回の特別展の展示も、起点もしくはゴールが阪神・淡路であっても、実際には30年という時間の積分を通して、2025年時点から「1995」を透視する試みであり、その間のさまざまな記憶の層を含むことになる。出品作家は1965年から1984年生まれの6組7名。米田知子、やなぎみわ、國府理(故人)、束芋、田村友一郎、そして、梅田哲也と森山未來である。

 当日を被災地からどの程度の物理的、精神的距離で迎えたかによっても、作家に限らず、来館者の心理・記憶も複雑なレイヤーを呈していることは、この地で仕事をするようになってあらためて痛感した。震災時は日本のインターネット「夜明け前」(Windows95の日本発売は95年11月)であり、さらに個人情報保護法制定以前のメディア環境であったことも本展のキーとなる。

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source : 文藝春秋 2025年2月号

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