SNSのXをはじめ、事業家・投資家として数々のテクノロジーのビジネス展開を行うイーロン・マスク。これまでTesla(テスラ)による電気自動車の開発やヒューマノイドロボット、SpaceX(スペースエックス)による民間ロケット事業などへの投資で世界中から注目を集めてきた。彼が次に注力している分野のひとつが脳と脳に関わるテクノロジーである。2024年、イーロンが共同設立者として携わる医療ベンチャー企業「Neuralink(ニューラリンク)」は、手術で脳に埋め込んだインプラントを通じて、パソコンのマウスのカーソルなどを操作する装置「Telepathy(テレパシー)」を2名の被験者に提供することに成功したと発表した。さらには、「ブラインドサイト」と名付けられた、視力を回復させるためのインプラントも公開。実証時期は未定だが、米食品医薬品局(FDA)より「画期的医療機器」の指定を受けたことも発表された。
このような、脳にまつわる分野をニューロテックやブレインテックと呼ぶ。なかでも脳と機械を接続し、思考によって機器を操作したり、意図伝達に用いたりする技術は、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)やBCI(ブレイン・コンピュータ・インターフェース)と呼ばれ、国内外で研究開発が進んでいる。

BMI技術が発展することで、私たち人間の身体機能は拡張され、脳の機能自体も増幅されるなど、この技術は社会に大きな変革をもたらす可能性を秘めている。一方で、まだ「考えるだけでなんでもできる」という段階には達しておらず、課題も数多い。
たとえば、BMIは大きく侵襲型と非侵襲型の2種類に分けられる。侵襲型は先のニューラリンクのインプラントのように、外科的手術を通して、脳に直接装置を取り付けることが必要だ。これは、身体的なリスクと精神的なハードルの高さがある。他方、非侵襲型は、頭皮に器具を接触させることで脳波を読み取る。こちらの身体的なリスクは、侵襲型に比べると大幅に下がるが、直接脳から信号を読み取っていないことや顔の筋肉から生じる信号などが混じってしまうため、精度や信頼性で劣る。
現在、これらを解決するべく多様なアプローチで研究が進んでいる。たとえば、筆者が所属する株式会社アラヤの研究者笹井俊太朗らが取り組んでいる研究では、非侵襲の抱える精度の課題を乗り越えるため、非侵襲BMIとChat(チャット)GPTなどの人工知能(AI)を活用する提案がなされている。その方法は以下だ。返信したいメールそれぞれに色のマーカーをつけ、被験者は選択したい色を他の人には聞こえないぐらいの声量で囁く。この際の脳波を取得、選択されたメールを読み込んだChatGPTが内容の異なる4つの返信文案を提示する。その文案の中から最適なものをまた脳波を使って色で選択、何段階も色を選択していくことでメール送信に至るという方法である。この研究は、発話が困難な人に新しいコミュニケーションの選択肢を提示できる可能性があるだけでなく、キーボードなどで行われている一般的なコミュニケーションについて、より効率的なツールとして代替することを目標にしている。
さらにこれまで非侵襲BMIでの一般的な脳波の解読については、被験者から約10時間程度収集した小規模な蓄積データに基づいて行われていたが、長時間収集したデータを用いることで、解読精度が飛躍的に向上する可能性が提示された。
また侵襲BMIについても、大阪大学の関谷毅は、柔軟性がある素材を活用した侵襲BMIを開発することで、脳の血管内に侵襲BMIを入れて、そこから精度の高い脳の信号を取得する方法を提案している。これは極低侵襲BMIと呼ばれ、これまでの頭蓋骨を開いて、侵襲BMIを取り付けるという方法よりも身体的なリスクが下がるうえ、高精度が期待できる。
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