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特集私が令和に語り継ぎたい「平成の名言」

2019/05/01

野原ひろしの「平凡」な幸せすら困難

 当時、大学4年生だった私はリアルタイムでこの放送を見ていた。ちょうど大学4年生で、大学院への進学を控えていた時期である。

 ニートについては、大学院進学決定者や「無い内定」の人たちの間で、「ああなったら終わりだ」といった、むしろ恐怖の対象として語られていた記憶がある。同時代の時点では「働いたら負け」という言葉それ自体よりも、ニートという存在に明確な概念が与えられたこと自体が衝撃的だったのだ。

 番組中でコメンテーターの一人が「こういう人は『穀潰し』と言って、昔からいた」と述べていた記憶もある。この時点で「働いたら負け」という言葉は、社会の一般層の間では批判的な受け止められ方がされていた。ニート男性の話題で盛り上がっていたネット空間においても、かの発言は一種のお笑いネタとして消費されていた。

 なぜなら、番組の放送当時だった2004年はまだ、私たちの間で将来の安定や豊かさが共同幻想として残っていた時期だったからだ。2001年に上映されたクレヨンしんちゃんの長編映画『オトナ帝国の逆襲』でも、しんのすけのパパである野原ひろしが「俺の人生はつまらなくなんかないぞ!」と叫ぶシーンがある。

最新の映画『クレヨンしんちゃん 新婚旅行ハリケーン 〜失われたひろし〜』(映画HPより)

 いまや信じがたい話だが、当時は年収600万円で春日部に持ち家とマイカーがあり妻と子どもと犬がいる正社員のひろしの人生が「平凡」とみなされていた時代だったのだ。そんな時代に「働いたら負け」「今の自分は勝ってる」と言っていたニート男性は、明らかにヘンなやつでしかなかった。

 だが、15年前は珍発言として笑われていた「働いたら負け」は、いまや相当にシリアスな説得力を持つに至っている。もちろんニートをやっていれば食っていけず、また就業を希望したときの社会復帰も相当にしんどいはずなのだが、苦労をして働いたところで、往年の野原ひろし並みの「平凡」な幸せすら得ることは困難なのだ。

 この変化は間違いなく、平成の悪しき遺産に違いない。ネット上でおもちゃにされていたネタ発言が、令和の時代まで残らないことを祈るばかりである。

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