山で暮らす人々は、ときおり奇妙な体験をする。宙に浮かぶ狐火、正体不明の足音、死者との遭遇、神隠し、鬼の襲撃……。日本各地からそうした“語り遺産”とでも呼ぶべき貴重な体験談を集めた本が、じわじわと部数を伸ばし続けている。文章は淡々としており、話によっては明瞭な筋がないものも。怖がらせるための作為のなさが、逆に背筋を凍らせる。
「山の怪談は登山者には定番の話題で、山の怪異本の系譜も、脈々とあります。けれどもこの20年あまり、そういった本は弊社から刊行されていませんでした」(担当編集者の勝峰富雄さん)
だが、ヒットの気配は刊行前から感じられていた。
「本書の約1年前に、山好きのあいだで知る人ぞ知る本だった『黒部の山賊 アルプスの怪』を定本化して復刊したんです。その中の怪異譚を掲載した部分の反響が大きいのに気付いていたので、『山怪』の刊行時には、2冊を関連本として打ち出しました」(勝峰さん)
昨今の怪談ブームも売れ行きを後押し。現代版「遠野物語」というキャッチで、民俗学のファンにリーチしたこともヒットに寄与した。
その後も『山のミステリー』(工藤隆雄)など埋もれていた山の怪異譚の名著を続々と復刊して、新たな書き手や編者による新著も刊行。「ヤマケイの黒い本」としてシリーズ的な人気を博すまでに至った。今年1月に刊行された本書の続編『山怪 弐』も快調だ。
2015年6月発売。初版5000部。現在13刷9万1000部