振り駒で藤井が先手になり、戦型は角換わり腰掛け銀に。下段飛車に二段金という藤井得意の形に組む。藤井が先手で4八金―2九飛にしたときの勝率は28勝2敗という驚異的な勝率を誇る。負けた1局は2019年1月のC級1組順位戦での近藤誠也七段戦で、その負け星が響いて9勝1敗ながら頭ハネを食った。もう1局は竜王戦本戦トーナメントの豊島竜王・名人戦で、勝った豊島がそのまま挑戦者となり広瀬章人八段から竜王を奪った(※7月9日、棋聖戦第3局で藤井は渡辺明棋聖に敗れ、4八金―2九飛での3敗目を喫する)。
後手は争点を作らず待機するのが主流だが、木村は攻めさせる作戦に出た。6月2日、藤井が佐藤天彦九段と棋聖戦準決勝を戦った同じ部屋で、史上最年少タイトルホルダーの記録を持つ屋敷伸之九段が松尾相手にこの作戦で勝っている。木村はその将棋をモチーフにして採用したのだろう。
だが藤井は前例のない攻めを見せて逆に木村の意表をついた。
「お母様と相談して若者にふさわしい色をということで」
王位戦第1局2日目。3日前の棋聖戦第2局では藤井は濃紺の着物に黒の羽織だった。これは師匠の杉本昌隆八段が藤井に贈ったもので、公式戦では昨年のJT日本シリーズのときも着ている。
本局では白の着物に薄灰色の羽織で、さわやかなライトカラーが若者らしくてとても似合っていると控室で評判になった。
白瀧呉服店の5代目当主、白瀧佐太郎さんが着付けのためにいらしていたので話を聞いた。
「はい、今回の着物は棋聖戦で挑戦者に決まった後、わたくしどもで仕立てさせていただきました。藤井さんはファッションには無頓着だったので、実際にはお母様と相談して若者にふさわしい色をということで。着物で対局する練習をしたのですが、藤井さんはとても飲み込みが早かったですよ」
「藤井さんは自然に着こなしていて無理がないですよね」
立会人の谷川浩司九段と副立ち会いの山﨑隆之八段にも話を聞く。
――谷川先生の最初の名人戦(1983年)のときはどうでしたか? あのときも年の差がありましたよね。着物はどうしてましたか。
谷川「加藤一二三名人が当時43歳で、私が21歳ですから年の差22歳でした。私は名人戦の前に対局で着物は着る機会がありましたし、準備もしていましたので名人戦では全局1人で着物を着ました。藤井さんは自然に着こなしていて無理がないですよね」
山﨑「着物で対局するのは大変で、私が番勝負で和服を着たとき(2004年の朝日オープン決勝3番勝負で羽生と対戦)には着物に着られているという感じでしたが。藤井くんは着こなすのがうまいですよね」
山﨑は奨励会幹事として藤井を見ているので、奨励会時代についても振り返ってもらおう。