「今誰が強い?って聞いたら、全員藤井だと答えられてびっくりした」
山﨑 「彼は中学1年の10月に三段になった当時はまだまだだったんです。詰将棋選手権では居並ぶプロを破って連覇していたのに、対局では圧倒的な終盤力が生かされていない。経験不足で大局観が不十分だったんです。三段上位よりは力が劣っていて中学生で棋士になるのも大変だと思っていました。
ところが三段リーグの大詰め近い翌年の8月頃、三段数人と食事に行って、彼らに今誰が強い? って聞いたら全員藤井だと答えられてびっくりしました。三段に上がってからAIも活用したそうだけど、AIによって序盤中盤の大局観を磨いたんでしょうね」
――三段になったころと四段に上がった時と比較してどれくらい違いますか?
山﨑「香一本以上は違いますね(藤井四段は藤井三段に香を落としても勝てる、という意味)」
「では藤井三段と現在の彼を比較するとどうですか?」と質問すると、山﨑はちょっと考えて、「飛車は違いますね」と断言した。
「スパートをかけるのが早すぎる」
昼食休憩後、木村が反撃する。馬を寄って金取りだ。金が取れれば次は玉を捕まえることができると、プレッシャーをかけて藤井の攻めを誘っているのだ。藤井が長考に入った。
ここは守ろうというのが控室の本命だった。相手は受け師の木村だ。寄せを読み切るのは諦めて、自陣に手をいれるのが妥当。ちょっとスピードダウンしようじゃないかと、ほとんどの棋士がそう考えるだろう。
藤井は1時間の長考で一気に木村玉を捕まえにきた。「スパートをかけるのが早すぎる」「まだゴールは先だ」「相手はバテていない」見ていたファンもプロ棋士もみなそう思っただろう。藤井は駒を次々と投入して迫る。木村の駒台の駒が増えていく。普通はこれでは寄らない。寄らないイコール負けだ。ところがよく調べるとどの変化も歩が足りている。端で眠ってた香が働く。谷川も山崎も驚きを隠せない。
「藤井、と金での攻め、ちょうど一歩」と言えば……?
藤井が駒台にある最後の1歩をつまんで王手をかけたとき、私はまた陣屋のタイトル戦を思い出していた。