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1960年代の表参道 歩道はまだ舗装されず…

表参道のお祭り(渋谷区)1962年9月4日 ©J・ウォーリー・ヒギンズ

 夏祭りの子どもで賑わう表参道。写真左手を走る車道は整備されていたが、歩道はまだ舗装もされず、今のようなファッションビルもない。子どもの姿がそこここに見られる素朴な街だった。変わらないのは中央奥にある、渋谷川沿いに立てられた石柱くらいだろうか。

表参道交差点(港区)1963年9月22日 ©J・ウォーリー・ヒギンズ

 路面電車に比べると、バスは網羅性が低い。当時、青山通りから表参道の交差点を通って日比谷に向かう都電の9系統や、渋谷から神保町経由で須田町に向かう10系統を使っていた私のような人間は、今は銀座線、半蔵門線、もしくは千代田線を使っていることだろう。

 当時、例外はあったものの、電車、路面電車、トロリーバスの車掌は男性だった。車掌の主な仕事は乗車券を売ることだ。僕が来日した当時の路面電車の乗車賃は10円だったから、降りるときに小銭で払うこともそう厄介ではなかったが、おつりが出る機械があったわけではないから、支払いにはぴったりの金額を持っている必要があった。でも車掌さんから切符を買えばおつりをもらうこともできたし、降りるときも、入り口からでも出口からでも降りられたから、便利だったのだ。バスの車掌は女性の仕事だった。

 ところが、東急バスの、渋谷から(当時私が住んでいた)初台の路線は車掌が若い男性だった。このためだろうか、この路線は夜遅くまで走っていた。

 写真の都電の左に見える、書店の壁に描かれた黄色を基調とした絵は、長く『週刊新潮』の表紙絵を描いた谷内六郎氏のもの。表参道のランドマークだ。