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 しかしそのことも、俊英さんは気に入らなかった。「誰もあの音だけとは言うとらん。エンジンの音もうるさいんや」

 それからも、何かにつけ外に向かって怒鳴ることはやめなかった。

 世津子さんが「やめてー!」と懇願すると少しだけやむが、しばらくするとまた始まる。

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 俊英さんは体が大きい分、声も大きい。

「僕はもう決めた。声を出すことにした」

車の音に飛び上がる日々

 そのうちに、大声だけでなく変な声を出すようになった。笑い声のような奇妙な声を、夜中に外に向けて発する。ラジオの音を、大きくして鳴らすこともあった。

 近所の人にも、「あの家に変な人が住んでいる」とだんだん知られてきた。

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 小さいころからよく知っている隣人は、「俊くん、何を言うとるんやー」と応対してくれる。

 でもそのころ裏に引っ越してきたのは、小さい子どももいる家族だった。「さぞかし恐ろしかったでしょうね。申し訳なくて、身がすくむような思いでした」(世津子さん)。

 俊英さんの怒りは、定年で家にいるようになった父親にも向かった。

「おやじはなんでここにおるんや! 働かんのはおかしい」

「何をいうてんの。お父さんは定年なんだから家にいるのは当たり前でしょう。あんただって家にいるのはおかしいやん」。世津子さんはたしなめた。

 ちょうどそのころ、近県で引きこもりの息子が親を刺し殺すという事件が起こり、新聞やテレビで大きく報じられた。

「お父さん、なるべく外に出かけるようにして」。世津子さんはお願いした。

地獄のような毎日

「あのころは、本当に地獄でした」

 両親は日に日に憔悴していった。

 息子と一緒にご飯を食べても、味がしない。どんなものも、「おいしい」と思うことがなくなった。

 世津子さんは音に敏感になった。近くで車のドアがバタンと閉まる音がすると、ビクン!と飛び上がりそうになる。掃除機の音も、うるさいと言われるのではないかと心配で、俊英さんが出かけているときだけ掃除機をかけるようにしていた。

 俊英さんが「ちょっと外出てくるわ」と言って出かけていくと、少しホッとする。しかし、遠くから「ワーッ!」という声が聞こえたりすると、「俊英の声ではないか」とゾッとした。

 大声を出すことは、夜中にもあった。そんなとき世津子さんは家にいるのが耐えられなくなり、夜中の2時、3時でも散歩に出かけた。とはいえ住宅地には、24時間営業のファミレスやファストフードの店はない。どこに行くあてもなく、ただただ歩いた。

 家に帰ると、俊英さんが心配そうに「どこに行ってきた?」と聞いてくるのが常だった。