家に帰るのが恐ろしい
それでも、世津子さんは仕事があるので家を離れる時間がある。朝、家を出ると気持ちがスッとした。
「夫には申し訳なかったと思います。『何かあったら携帯に電話してね』と言ってあったので、毎日何度もかかってきました。手に負えなそうなときは『お父さん、もう外に出て』と言ったりしました」
仕事をしているときは気がまぎれるが、夕方、家に帰るのが恐ろしかった。自分の息子が怖かった。
世津子さんは、毎朝通勤の前に、近所の八幡様に通ってお参りをした。「どうか俊英を助けてください」
ずっとお世話になっている精神科医にも相談したが、相変らず「本人を連れてこないと診られません」と言われる。でも、連れて行くのは不可能だ。「統合失調症ではないか」と相談すると、「そんなことはない、部屋も片づいているんだったら病気ではない」と言われた。
そのころ頼っていた人の一人が、Aさんだ。宗教家ではないが、色々なことが「視える」人だそうで、親身になって相談にのってくれていた。
Aさんはこう言った。「今まで母親が甘やかしてきたのが原因。不自由のない生活をさせて、自分で何もさせなかった。独り立ちさせないといけない。まずは、夫婦でときどき出かけること。外食でも旅行でもいいから、月に1回は出かけなさい」
そこで夫婦は、月1回旅行に出ることにした。とても旅を楽しむ気持ちにはなれないが、気持ちを奮い立たせて無理やり出かけた。しかし、出先でも息子のことが頭を離れない。「今ごろ近所の人を怒鳴ってるんじゃないかな」と思うと、気持ちが暗くなった。
民間のサポート団体にも頼った。「また怒鳴っているんです。どうしたらいいでしょう」と電話をすると、「二人で外に出てください」と言われた。夫婦で行くあてもなく車に乗って、ぐるぐると走った。
家庭支援センターの人には、「怖いときは、警察に電話しなさい」と言われた。
実際に、何度か警察に電話したこともある。警官が来て、玄関先で俊英さんを諭してくれたが、それだけだった。
父親は、心労から10キロもやせてしまった。
あるとき、いとこに「うちに来て話をしてほしい」とお願いしてみたところ、「ふだん交流がないのに、自分がいきなり行って話をしても聞いてもらえるとは思えない。そういう人を預かってくれる施設があるようだから、調べてみたら」と言われた。
Aさんにも、以前から「親ではもう無理だから、サポートしてくれる第三者を探しなさい」と言われていた。
引きこもり専用施設を頼る
世津子さんは、引きこもりの人が入れる施設を探すうちに、一般社団法人「若者教育支援センター」を見つけた。精神科の病院とも連携しているらしい。
代表の広岡政幸さんが書いた本も読んでみた。「この人なら信頼できる」
しかし親戚の人には反対された。「そういう施設では色々問題が起こっている。だまされて高額な料金を請求されている人もいるから、やめたほうがいい」