文春オンライン

地下鉄サリン事件「被告人もまた、不幸かつ不運」 裁判長が死刑囚・林泰男をほめたワケ

『私が見た21の死刑判決』より#18

2020/12/26

source : 文春新書

genre : エンタメ, 社会, 読書

note

「殺人マシーン」に対する評価

「被告人は、麻原をはじめ共犯者らの法廷に、証人としてたびたび出廷し、記憶のある限り事実関係を供述して事案の解明に協力するなど、教団が引き起こした一連の事件の審理に寄与、貢献している。加えて、被告人は、当初から極刑が予想されていたのに、自らの審理の長期化を望まず公判審理の促進に積極的に協力し、地下鉄サリン事件の他の共犯者より公判開始が約二年近く遅れたにもかかわらず、ほぼ同時期に審理を終えるに至ったことは、被害者や遺族に対するせめてもの懺悔と謝罪の念の現れと理解できる。さらに、被告人の当公判廷に臨む態度は、礼儀正しく、質問に対する応答も真摯である。(中略)右のような被告人の態度を通じて明らかとなった被告人なりの真摯な反省・悔悟の情は十分汲むべきものである」

©iStock.com

「被告人は、元来凶暴・凶悪な性格でなく(中略)定時制高校に入学したあとは真面目に学業および仕事にはげんでいたのであり、大学では成績優秀者として表彰も受けている。加えて、被告人は魚屋を営む知人が病気で倒れて休業したあと、病み上がりの身体で商売する姿を見かね、自己のそれまでの仕事を犠牲にして住み込みで同人を手伝ったこともあり、被告人には善良な性格を見て取ることができる。その他、被告人の母親、林郁夫らの証言および被告人の前記法廷における態度等に照らせば、麻原および教団とのかかわりを捨象して、被告人を一個の人間としてみる限り、被告人の資質ないし人間性それ自体を取り立てて非難することはできない」

 その上で、こんな一文で林泰男の評価が締めくくられている。

ADVERTISEMENT

「およそ師を誤るほど不幸なことはなく、この意味において、被告人もまた、不幸かつ不運であったと言える」

 被告人を悪く語らない判決というのも珍しい。むしろ、褒めている。

 それでも、林泰男は死刑だった。

 最後に主文を聞かされた林泰男は、正面の法壇の上の裁判長を見上げ、姿勢を正して何度も深く頭を下げていた。これを見た裁判長も、目を見合わせては、繰り返し深く頭を下げて答えていた。

 そこに、不思議な信頼関係があるように見えたのは、ぼくだけだったろうか。

私が見た21の死刑判決 (文春新書)

青沼 陽一郎

文藝春秋

2009年7月20日 発売

地下鉄サリン事件「被告人もまた、不幸かつ不運」 裁判長が死刑囚・林泰男をほめたワケ

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春新書をフォロー