「人間性に根ざした衝動」を取り戻す
山口 端的にいうと、ビジネスに「人間性に根ざした衝動」を取り戻すことです。衝動というのは経済合理性に依拠せず、「やらずにいられない、手をさしのべずにいられない、試さずにいられない」気持ちのことです。かつてケインズが「アニマル・スピリット」と名付けた、19世紀末から20世紀初頭にかけて近代資本主義を離陸させるエンジンとなった原初の精神のことです。
儲かるか儲からないかでビジネスは駆動されるのが一般的な認識ですが、資本主義の世の中では、問題の普遍性が高くて投資する資源が少なくて済むものほど儲かる蓋然性が高いので、常にそのギャップの大きな課題から優先的に解決されます。逆にいうと、経済性限界曲線の外側にあるもの、つまり「問題解決の難度が高くて投資を回収できない」と「問題解決によって得られるリターンが小さすぎて投資を回収できない」ものは、資本主義下においては放置されがちです。
そんな領域で利益を出そうとすると、相当粘り強い思考やアイデアが必要になります。そこを考えるには非常にエモーショナルに問題にコミットする人が必要で、このエモーショナルなエネルギーのことを私は衝動と言っています。これはなにも衝動的に赤字覚悟でやれということではなく、「人々の暮らしを良くしたい、世の中の役に立ちたい」というヒューマニティに根ざした原初的なスピリットがあるからこそ、どうやって難しい局面でも利益を出せる形でやろうかという粘りが出てくる。
たとえば最近私がほんとうに素晴しいと感じたのは、IKEAが始めたThisAblesというプロジェクトです。障害のある方のクオリティ・オブ・ライフが向上するようIKEAの家具と組み合わせて使える、3Dプリンターを活用した補助器具を提供するサービスです。これは非常にエレガントにソーシャルイノベーションとコマーシャルイノベーションが両立している最良の例です。
――あれは画期的なアイデアで驚きました。
山口 通常のアプローチだと、障害者専用の家具を作って提供するという発想になりがちです。ロットが少ないから値段も高く、デザイン的にも味も素っ気もないものになりがちです。少ロットで家具を作ると赤字になりますから、サステナブルではありません。とくにIKEAの戦い方はベーシックだけど素敵なデザインのものを大量生産することで成り立っていますから、彼らのストラテジーにも合わないわけです。
日本でよくある話ですが、サステナブルでない仕組みだと何が起こるかというと、ちょっと業績が悪くなるとすぐに「そんな慈善的な事業はやめよう」という話になります。結果、障害者の人たちが取り残されてしまう。