控訴期間は、判決の翌日から14日以内と刑事訴訟法で定められており、期限は3月30日となる。もしそこで死刑が確定すると、それ以降は家族など限られた人以外との面会や、手紙のやりとりもできなくなり、植松は社会とのつながりをほぼ失うことになる。
果たして彼は宣言どおり、この事件の審理に幕を下ろすつもりなのか――。
「真実」が描かれたカードゲーム
この裁判には、もともと奇妙なねじれが存在していた。それは「重度障害者は安楽死させるべきだ」という主張から事件を起こした植松こそが、じつは「大麻など薬物乱用による精神障害で、犯行時は心神喪失の状態にあった」として弁護側が無罪を主張する方針をとったことによる。
これに対して植松は、第8回公判(1月24日)の被告人質問において、「自分には責任能力があります」と明言し、被告自らが弁護方針を完全否定するという注目の展開となった。しかし、話はそこで終わらなかったのである。その後続いた被告人質問で、植松の珍妙な世界観が全面展開することになったからだ。
私はこれまで植松と拘置所で14回の面会を重ねてきたが、面と向かって話をする限りにおいて、植松に病的な印象はない。
しかし、彼の思考の内部に一歩踏み込むと、その荒唐無稽な世界観には正気と狂気が入り交じった印象を受けるのだ。例えば、被告人質問で植松は、「より多くの人が幸せになるための7つの秩序」と称して、《安楽死、大麻、カジノ、軍隊、セックス、美容、環境》の7項目について持論を延々と説き始めた。
《軍隊》について紹介すると、日本にも韓国のように徴兵制を導入すべきだと植松は主張し、弁護人からその理由を尋ねられると、「韓国の俳優はすごく気合いが入ってかっこいい。日本にひきこもりが多いのは、厳しい試練を乗り越えられないからだと思います」と声を高らかに語った。
また、《美容》について植松は、「美は善良を生み出す」との理由から、「国が整形手術の費用を一部負担すべきだ」という訳のわからない主張を展開した。
あるいは、インターネットを検索して知った「イルミナティカード」というアメリカのカードゲームに「社会の真実が描かれている」と大まじめに語り、近い将来、「首都直下地震で日本は滅び、横浜には原子爆弾が落ちる」という。