出発点は「自分とは別の障害について知りたい」
――最初に映画の概要を聞いたときは、石田監督と同じ車椅子ユーザーの方も登場されるのかなと思ったのですが、そういう構成にはあえてしていませんね。
石田 出発点は、自分とは別の障害について知りたいという思いでした。なかには、なぜ取材対象が障害当事者だけじゃないのか、一人の対象に絞った方がいいと思う人もいるかもしれません。自分の立場に近い車椅子ユーザーの表現者に対象を絞って取材する形もありえたし、そうしたらより個人的な映画になったとは思います。だけど僕は、自分とは異なる人たちに話を聞いてそれぞれの障害がつながる部分を見つけたかった。あるいは、表現を追い求めるとは、どういうことなのか、表現活動をしているとき、何を感じているのかに興味があったんです。
――それはやはり、石田監督自身が映像でどう表現をしていくか模索していたからこそでしょうか。
石田 そうだと思います。最初は、表現とは何かをいろんな人に教えてもらいたいと考えていました。だけどその過程には、どうインタビューをしたらいいか、どうその様子を撮影したらいいのか、どうすれば、撮影したものが作品になっていくか、いろんな問いが生まれました。今思えば、そうやって自分で映画の作り方を模索していたこと自体が、表現とは何かを考えることだったんだなと思います。
制作スタッフとの「微妙な距離感」
――タイトル通り、映画の方向性や様相は時間とともにどんどん変化/変身していきます。最初は石田監督がみなさんにインタビューをしていく形だったのが、ある時を境に監督自身が主要な登場人物になり、他のスタッフも画面に映り込んできます。その転換点といえるのが、先ほどもお話しされた大学の保健室をみんなで訪ねるシーンですね。あのシーンはどんなふうに決まったんですか。
石田 インタビューをしている際に、砂連尾さんが、制作スタッフの二人と僕との間に微妙な距離感があるのを感じ取ったんですね。それで「普段、石田くんの介助をしている保健室の古賀みきさんに話を聞きにいきませんか?」と提案してくれました。それによって僕らの関係にも何か変化があるんじゃないかって。そこで急きょ、みんなで保健室に行ったんです。