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「なんとかして今中慎二を打つ方法はないか?」10.8決戦前日、長嶋監督にそう聞かれた“伝説のスコアラー”の答え

文春野球コラム ペナントレース2021

2021/06/15
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「三井、選手にどんなミーティングをしたんだ!」

 原さんとは、選手とスコアラーとしては非常に厳しい関係でしたが、原さんがコーチ、監督と指導者になってからはガラリと関係性が変わりました。

 ご存知のように、原さんは野球人としての視野が広くいろいろなことを見ている人です。「ミーティングのやり方はこうやったほうがいい」「選手とのコミュニケーションはこう取ったほうがいい」と、細かなところまで示してくれました。一方で選手には、こんな話をしてくださいました。

「三井は選手が知らないデータを持っているから、守備位置や打席に入る前に話を聞けば、何か助言をくれる。だから、どんどん三井に聞いてほしい」

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 当時、打撃のことは打撃コーチ、守備のことは守備コーチと、それらの領分を侵すのはタブーという不文律がありました。「スコアラーは、コーチより前に立ってはいけない」という風潮がある中で、原さんは長嶋さんらとともにスコアラーの役割を認めてくれた大きな存在です。

 その代わり、スコアラーに求める仕事内容も厳しかった。当時は予告先発がなく、オーダーを組むために先発投手を予想する必要がありました。スコアラーがさまざまな情報を集めて対戦相手の先発投手を予想するわけですが、予想を外すと大ごとです。原さんから、「何をやってるんだ。それがスコアラーの仕事だろう?」と厳しく叱責されることも当然ありました。とくに、当時のヤクルト・野村克也監督や中日・落合博満監督は、最後の最後までその日の先発投手を隠してくるので、予想するのが難しく苦労していました。特にその傾向は、巨人相手になると顕著だったと思います。

 原さんは監督になってから、あえてスコアラーをやり玉にあげることで間接的に選手を鼓舞することもありました。

「三井、選手にどんなミーティングをしたんだ! 選手たちが実行できていないなら、それは言ってないのと同じだ!」

 こうした檄が飛ぶことで、ベンチの中はピリッと引き締まったものです。原さんは意図的にその効果を狙い、あえて私たちスコアラーに厳しく当たっていたのでしょう。

 それでも私に、「やりたいようにやれ」と背中を押してくださった原さんには感謝しかありません。褒められることはめったにありませんでしたが、時折「よく調べているなぁ。これだけのミーティングをするには、相当な時間を費やしていたんだろうな」とねぎらってもらうことも。そんな日々に、私はやりがいをすごく感じていました。

原辰徳監督 ©文藝春秋

 今の原さんのベンチでの様子を見ていると、昔よりもコーチ陣に権限を与え任せているように見えます。とくに、ヘッドコーチである元木大介に全幅の信頼を置いてやっていることがうかがえます。

 スコアラーの仕事ぶりも気になります。今季は西山一宇がベンチに入っていますが、私の巨人軍在籍中の彼は、映像分析能力に長けたスコアラーでした。どちらかというとデータ分析は不得意で、映像を見て投手のクセを見抜くのが得意だった人物です。あれから年数を経て、大きく成長した西山の奮闘も見てほしいと思います。

 選手、2軍マネージャー、スコアラー、査定室長、統括ディレクター、編成本部参与と……40年間にわたり在籍した巨人軍を離れた今も、私は巨人という伝統ある球団で働けたことに誇りを持って生きています。昨年まで2年続けて日本シリーズでソフトバンクに惨敗を喫して歯がゆい思いをしていますが、やはり巨人が球界のトップであり続けてほしい。一人の巨人ファンとして、心からそう願っています。

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