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桂田氏から1本の電話が…

「僕は『何を言ってんだろう』と思いました。海は何があるか分からない。経験の浅い人に務まるような、そんな甘い仕事じゃないよ、って。特にもう一人の船長は、僕が丹念に操船を教えた人だから、相当の信頼があったんです。それに、長年一緒にやってきたスタッフがいなくなれば、今回のような万が一の時に連携が取れなくなる危うさもあった。そこで社長に『どうにかならないですか』と直談判しました」

 だが桂田氏は、その訴えに耳を貸さなかった。翌年の2021年3月、桂田氏から松村さんに1本の電話が入った。

知床で一大ホテルチェーンを築いた桂田氏だったが…

「これからシーズンが始まるという1週間前、社長から『やはり他の方たちは雇わないです』と急に言われました。再度、社長に抗議したところ、『僕も考えを変えられない。短い間でしたがお疲れ様でした』と、僕も解雇を告げられました」

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 松村さんの後を継ぐことになったのが、甲板員になってわずか3カ月の豊田徳幸氏(54)だった。4月30日現在、事故発生時に船長を務めていた豊田氏の行方は未だに分かっていない。

「突然の解雇だったため、引継ぎもろくにできないまま、ウトロを後にしました。それまで豊田さんには、船の操縦や機器の使い方を説明したこともありましたが、僕がかつて教わったように、つきっきりで指導したわけではありません」

 松村さんの解雇は、遊覧船にこんな脆弱性をもたらした。

「長年、遊覧船のメンテナンスを担当していた修理会社の方が、ちょうど定年退職されたんです。その方は『松村くんが会社にいるなら、定年後も個人的に船を見にいってもいいよ』と言ってくださっていた。でも、僕が解雇され、その話も立ち消えてしまった。その後、遊覧船がどのようにメンテナンスされていたかは分かりません」

 そして悲劇は起きた。

「(救助要請のあった)カシュニの滝付近は、風が船に当たるんです。それに、港付近は穏やかでも、沖に進んでいくと荒れていることがある。だから、僕ら船長が『今日は波があるから船を出せない』と言っても、社長はよく理解していないのか『なんで出ないんだよ』と、言い返してくることもありました。海の状況も船のことも、何も分かっていない人なんです」

 カシュニの滝の沖合の水深約120メートルに沈んでいる「KAZU I」が発見されたのは、事故発生から6日後のことだった。この悲劇を防ぐことはできなかったのか。検証が待たれる。

 4月27日(水)12時配信の「週刊文春 電子版」および4月28日(木)発売の「週刊文春」では、桂田一族が、知床の観光ビジネスで大きな影響力を持つに至った歴史、“素人船長”の仕事ぶり、隠されたもう一つの事故、オーナー直撃の一問一答など大きな悲劇を生むことになった“強欲一族”の罪を5ページにわたって取り上げている。

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