1分将棋で次々と繰り出される手のすごさ
均衡が崩れたのは46手目、角道を開けるか角を打つかという二択。出口は本命の手に読みぬけがあったことを発見し、角打を選んだがこれが敗着となった。いや、この角打を藤井は敗着にした。局後、出口は「角道を開ける手だった」と悔やんだ。
藤井は歩の手筋を駆使して、飛車を打ち込み、差を広げていく。すごかったのは藤井が1分将棋になってからだ。
控室の佐藤や島の声を拾ってみよう。
左辺ばかり攻めておいて一転右辺に、歩の叩きで形を乱して控えの桂の手筋を放つ。
「こっちから? なるほど、この桂が明るいですか」
藤井が飛車も竜も捨てて、わずか8手で飛車を2枚とも相手の駒台に乗せると、
「えっ怖くないの? そうか確かに寄せのスピードは断然速いか」
「えっ角じゃなくて歩を打つの? なるほど、と金ができるのが大きいか」
「えっ角の王手? 玉を逃さないの? なるほど、と金のにじり寄りがきついのか」
「えっ銀打ちの詰めろではなくて桂跳ね? なるほど、詰めろかける必要もないし全軍躍動ですか」
佐藤に島という歴戦の雄を唸らせる手を1分将棋で次々繰り出すのだからおそろしい。どんなに厳しい批評家も、藤井の前ではただの観客になる。我々は藤井の見事な寄せを見守るだけだった。出口は一手違いに持ち込むことすらできなかった。圧巻の内容だった。
君島俊介記者は、本局について「将棋が分厚いですよね。二重三重にも保険がかかっていて。最後もあえて詰めろをかけていないんですよね」と語る。たしかに将棋が厚い。間違えるという気配すらなかった。
「相手が藤井竜王だからといって諦めている棋士も多い」
会場での大盤解説は、佐藤天彦九段と中村桃子女流二段が務めた。立会人の島も度々登場している。島は、出口についてこう語った。
「出口六段は勝ちに来ています。当たり前のことのようですが、相手が藤井竜王だからといって諦めている棋士も多い中、本気でそう思うことは難しい。今日は、初手を指すときから拳を握りしめていました」
藤井は読みに集中しているときはけっこう体を揺らすが、勝ちを読み切ると止まる。マンガ『将棋の渡辺くん』(伊奈めぐみ、講談社刊)では「すーん」という言葉で表現されていたが、佐藤天彦は終盤で藤井の動きが止まったことについて、
「藤井さん、思考ストップボタン押しましたね。これ目の前でやられるとつらいんですよ」
と独特の表現で語った。
後日、改めて佐藤天彦に話をうかがった。
「解説場に両者来て話していただいたんですが、急所の場面での読みの食い違いが面白かったですね。差がついてしまいましたが、相掛かりの激しい将棋だから仕方ありませんよね」
藤井聡太19歳、すでに風格さえ感じさせる
感想戦、藤井は楽しそうに読み筋を披露した。「こう指されていたら大変だと思いました」というのがやはり正解手順だった。和服がまったく着崩れておらず、すでに風格さえ感じさせる。まだ19歳だというのに。
藤井は万全の内容で2022年度の初戦を快勝した。だが出口にとって本局はタイトル戦の初舞台であり、後手番でもあった。次局の先手番が大きな意味を持つだろう。
叡王戦五番勝負第2局は、5月15日(日)に藤井の地元、愛知県名古屋市の「名古屋東急ホテル」で行われる。
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勝又清和七段がよみとく「藤井聡太・豊島将之 真夏の十二番勝負」が、文春将棋ムック「読む将棋2022」に掲載されています。昨年の叡王戦、王位戦の大熱戦をプロの視線から分析しています。
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