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日本人と同等の給与が保証されると聞かされていたが……

 なぜ、職場から逃げてきたのですか? そう訊ねる私に、彼女はその時ばかりは通訳を介さず、たどたどしい日本語でこう答えた。

「仕事、たくさん。お金、少し」

 地元のブローカーに6千ドルの手数料を支払って実習生となった。高度な技術を学び、日本人と同等の給与が保証される——カンボジアでは、ブローカーからそう聞かされていた。しかも行き先は「富士山の国」だ。

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 だが、「日本」は彼女の期待も希望も裏切った。富士山は遠かった。

 彼女が働いた縫製工場の仕事は朝の8時半から始まる。ミシンを踏む。アイロンをかける。

 完成品を収めた段ボール箱を積み上げていく。それが「高度な技術」なのかといった疑問は、すぐに消えた。いや、休むひまもなく働き続けているうちに、考える余裕がなくなった。

 仕事を終えるのは深夜になってから。時に明け方近くまで働いた。毎月の残業は200時間を超えた。基本給は月額6万円。残業の時間給は1年目が300円、2年目が400円、3年目にしてようやく500円。しかも毎月の給与から4万円を強制的に預金させられた。通帳は経営者が預かったままで、自身が管理することはできない。

「このまま働き続けては倒れてしまうと思った。もう限界だった」

 手荷物だけを持ってシェルターに身を寄せたのである。

 それぞれが、それぞれの夢を抱えて日本に渡る。そして少なくない者たちが失望し、落胆し、小さな憎悪を生み出していく。いつまで経っても「豊かさ」にたどり着けない。もちろん富士山にも。

「だから、こうした制度はやめたほうがいいんですよ」と甄凱さんは言う。

「違法が常態化した制度は、たぶん誰も幸せにしない。経営者だって綱渡りしているだけで、いつかは破綻するのですから」

 いま、日本各地で働いている実習生は約40 万人。低賃金重労働で、生産業を支えているのだ。

 何度でも繰り返す。そんな実習生と、私たちはどこかでつながっている。いや、私たちは“利用”している。

外国人差別の現場 (朝日新書)

安田浩一 ,安田菜津紀

朝日新聞出版

2022年6月13日 発売