なにもない壁を見つめてうっとり…?
「推し」をめぐるファンの行動にはさまざまなものがあるとお話ししましたが、ファン以外の人からすれば、とても奇妙としか思えないこともたくさんあります。先ほど触れた、夫が「プロジェクションなんだね」と言っていた、腐女子のやっていることもそのひとつです。男性同士の恋愛要素は皆無である物語なのに、それを男性同士の恋愛物語として読み替えて楽しむという行為は、たしかにかなり奇妙なものでしょう。
いくつか、例を見てみます。日曜日の夕方、子どもと一緒にアニメ『ちびまる子ちゃん』を観ていたら、ある時こんな話がありました(2021年7月11日放送)。
主人公まる子のお姉さんは、西城秀樹さんの大ファンです。ある日、まる子とお姉さんが、子ども部屋のなにもない壁を見つめてうっとりしていました。同居しているおじいちゃんがやってきて、それをいぶかしげに見ています。ふたりは子ども部屋の壁に西城秀樹の身長と同じ高さのところへ印をつけて、あたかも西城秀樹がそこにいるかのように想像して見あげていたのでした。ふたりの目の前の壁にはなにもないのに、ふたりには西城秀樹が微笑んで立っている姿が見えていたのです。
ふたりからそのように説明されてもピンとこないおじいちゃんでしたが、まる子に「おじいちゃんは百恵ちゃんでやってみなよ」と言われ、山口百恵さんの身長に合わせた高さに印をつけた壁を見つめてみました。すると、おじいちゃんにも微笑む山口百恵が見えて、思わずうっとりしたのでした。
この回は、1970年代を舞台にした物語ながら、西城秀樹という「推し」を推すお姉さんのいろいろな言動が、現代の「推し活」にも通じるということでSNSなどでもかなり話題となったようです。
ところでこれは最初、まる子とお姉さんの見えている世界が見えないおじいちゃんにとっては、ふたりの行動は理解できない奇妙なものです。子ども部屋の壁にはなにもなく、うっとりする意味がわかりません。けれど、理由を説明されておじいちゃんにも同じような世界が見えてくると、おじいちゃんにとって子ども部屋の壁はさっきまでとまったく違う意味を持ちます。
子ども部屋の壁に小さな印がつけられたことをきっかけに、三人はそれぞれの「推し」を壁に映しだすという働きかけをしました。そして、壁にはなんの変化もないにもかかわらず、三人にとってはうっとりできるすてきな壁になったのです。たとえばこれが、プロジェクションです。
AI美空ひばりに涙を流して感動する人たち
次の例を見てみましょう。2019年に放送されたNHKスペシャル『AIでよみがえる美空ひばり』(AI=人工知能)は、歌手の美空ひばりさんの過去の音源や映像を人工知能の技術で解析し、デジタル映像と音声で再現した試みです。再現された美空ひばりが4K・3Dホログラム映像で等身大に映しだされ、分析の結果から再現された目や口の動きで新曲を歌い、観客に語りかけます。
この企画はのちに、再現された「AI美空ひばり」が『NHK紅白歌合戦』にも「出演」したことで、「感動した」「冒涜では」「人格とは?」など議論百出となりました。