終局後、「東北の星」と中川八段に応援の声をかけられ、その言葉をありがたく受け止めた。この勝利で棋士編入試験受験資格を獲得した小山さん。家族に報告すると父は「編入試験も頑張れよ。何かできることがあれば言ってくれ」と背中を押してくれた。母も、釜石を離れて働いている弟も喜んでくれた。
釜石市内の海から少し離れた場所に建て直した小山家にはショーケースのような棚があり、そこには震災後に兄弟が獲得した楯やトロフィーが並んでいる。津波でなくなってしまったものよりずっと難易度が高いアマ棋界の頂点を記念したもので、小山さんが獲得するたびに宅配便で送っている。両親の喜びに「増やせて良かったな」という気分になるという。
そして「棋士編入試験」に初めて奨励会未経験者が挑む
中3の奨励会受験、大学を休学して受験した三段リーグ編入試験の時と同様、師匠は北島忠雄七段。「お会いできませんか」と連絡してお願いすると、快く引き受けてくれた。
少し考えたのが申請書を出す時期。9月13日に資格を獲得し、1カ月以内に申請書を出す必要があるが、9月中なら8月から同じ試験を受けていた里見女流五冠と同じ試験官(徳田拳士四段、岡部怜央四段、狩山幹生四段、横山友紀四段、高田明浩四段)、10月に提出なら、横山四段、高田四段に代わって10月1日付で四段になった藤本渚四段、齊藤裕也四段となる。
「里見先生の試験の中継は見ていて、雰囲気などをつかもうとしていました。私と里見先生では戦法が違うので、同じ戦型になることはないと思いますけれど、同じ試験官の先生方のほうが参考にできると考えて9月中に申請しました。
将棋ファンとして女性棋士誕生は応援していますし、過密スケジュールの中、挑戦されたことを尊敬します。里見先生の最近のご活躍から考えると、3連敗という結果はとても意外でした。試験官の先生方も里見先生の将棋を研究して臨んでいたと思います。私のときも同じように全力で臨まれると考えています」
岩手県からはまだ棋士は1人も誕生していない。最初に将棋を教えてくれずっと応援してくれる釜石支部からは大きな期待がかかっている。「その期待に応えたいと強く思っています」。淡々と語る小山さんだが、この言葉には熱がこもった。
そして、奨励会経験のないアマチュアにとっても小山さんの挑戦は希望となるだろう。小山さんも「ネット将棋とAIの発達で、プロとアマの強くなる環境の差が小さくなった。今後も純粋アマから棋士編入試験受験資格を獲得する人が出るのではないか」と話す。
いろいろな期待を背負って臨む棋士編入試験。10代前半のうちに奨励会に入会する棋力に届かなくても、ずっと休むことなく将棋に打ち込み続けた。プロの棋士になるという重い扉を開くことができるのか、答えは数カ月後に出る。
写真=佐藤亘/文藝春秋
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