こうしてホヤもホタテも極めて厳しい状況に追い詰められた。
そんな時に始まろうとしているのが、東電福島第一原発からの「処理水」放出だ。
あの大量のタンクの映像を見た人が平気でいられるのか
東電は燃料デブリの冷却に使った水を、ALPSで処理してタンクに貯めてきたが、「廃炉作業のための敷地の確保が必要で、これ以上タンクを増やすことはできない」としている。ALPSは「多核種除去設備」とは言うものの、放射性物質のトリチウムを除去できない。政府と東電は「トリチウムは水素の仲間で、そもそも飲み水や食べ物、人間の身体に含まれている。海水で薄めて放出するので安全」などとしている。
一方、宮城県の漁師の集まりである宮城県漁協(寺沢春彦組合長)は放出に反対していて、全漁連も反対を貫いている。
宮城県では、県庁の主導で様々な団体が集まった「処理水の取扱いに関する宮城県連携会議」も反対の立場だ。
しかし、原発では放出のための設備工事がどんどん進んでいて、政府は「春から夏頃」には海洋放出を始めるとしている。一度放出が始まれば廃炉作業が終わるまで続く。
渡辺さんは「風評被害は100%起きる。誰が考えても分かる」と言い切る。
遠藤さんは「政府や東電は『トリチウムは他の原発でも海などに流している』と言っていますが、それは事故を起こしていない原発でのことであって、あの大量のタンクの映像を見せられてきた人々が平気でいられるかどうか。そもそも政府・東電は国民に信用されていません」と不安を口にする。
渡辺さんは「考えられるシナリオ」として、「処理水の放出後、韓国が北海道産のホタテまで買わなくならないでしょうか。そうなったら、我々が仕入れる半成貝の値段は下がるかもしれませんが、ホタテそのものの価格が暴落してしまう」と危機感をあらわにする。
漁業が振るわなければ、漁師町の元気は出ない。
震災時に100軒ほどあった寄磯浜の戸数は70軒ほどに減った。「漁に見切りをつけて出て行った人もいます」と遠藤さん。このためホヤの養殖を行う漁師は21軒、そのうちホタテも養殖している漁師は8軒に減少した。
そのうち30代、20代の漁師はそれぞれ数人ずつしかいない。「今でさえ先が見えないのに、処理水の放出でさらに不透明になったら、誰が漁師になろうと思いますか」。そう話す遠藤さんの息子は漁師を継がなかった。このままでは遠藤さんの代で終りだ。
「東電が全てを変えた」。渡辺さんはうめくように言った。
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