2011年に『中国化する日本』が歴史書としては異例のヒット、気鋭の研究者として登場した與那覇潤(よなはじゅん)さん。ここ数年姿が見えなかったが、実は鬱に苦しんでいたという。
「14年の春に鬱状態と診断され、薬で抑えつつ仕事を続けていたのですが、夏に容体が急変して失語症のようになり、読み書きにも不自由する状態に。翌年春に受けた病院の診断で即時入院を勧められ、2カ月間入院したんです」
退院後も2年間デイケアに通い、徐々に日常生活の能力を取り戻していった與那覇さんは、いまの日本社会に対する大きな気づきも得た。それらをまとめ、この度『知性は死なない――平成の鬱をこえて』(文藝春秋刊)を上梓した。
「自分が生きてきた大学や研究の世界は、競争社会の前提にある“能力のある個人が認められるべきだ”という発想の極地。だからこそ、鬱のために日常会話もできなくなった自分がショックでした。
でも病院やデイケアで過ごす中で、『能力を上げよう、元に戻そう』とするよりも『能力は自分個人のものではなく、周囲と共有して動かすもの』だと発想を変えた方が、回復にもはるかに有益だった。競争主義や自己啓発が流行した、平成の潮流の死角を見たんですね。その驚きを伝えたくて、本書を書きました」