独創的な作品を次々に発表した芸術家・岡本太郎(おかもとたろう)(1911―1996)。『かの子撩乱』執筆を機に、太郎と、その妻・敏子と深い親交をもつにいたった作家の瀬戸内寂聴(せとうちじゃくちょう)氏が、在りし日の二人を語る。
岡本太郎さんと知り合ったのは、私が「かの子撩乱」を「婦人画報」に連載する直前であった。当時の「婦人画報」編集長矢口純さんに、かの子を書かないかと言われて、即時に私はそれを引き受けた。かの子については少女時代から愛読していたし、自分なりに調べてもいたので自信はあったが、やはり遺族の許可が必要だし、その人たちの生(なま)の声で、かの子についても聴きたかった。
当時仲よくしていたデザイナーの柴岡治子(はるこ)さんが、太郎さんとは親しいからとすぐ連絡をとってくれ、私は太郎さんが指定してきた銀座の料亭に治子さんと二人でおもむいた。指定された時間より30分も早く私たちは銀座の道を歩いていた。
「あっ、太郎さんだ」
と治子さんに言われて、前方を見ると、せまい道一杯の人群の中を写真でお馴染の太郎さんが歩いてくる。まわりの人より背丈が小さいのに、その瞬間、私の目には、まわりの人々より太郎さんがぐっと大きく堂々と見えた。太郎さんはむっと口を結び、舞台の役者のように全身に気を入れて歩いてきた。ところがその時、太郎さんはスキーで骨折した脚が治りきらず、軽く片脚を引きずっていた。

そのまま、太郎さんは、行きつけらしい料亭のカウンター席に坐るなり、すっぽん料理を注文した。次々出される料理を食べながら、治子さんが私の頼みを喋ってくれた。書いてもいいという許可が出てほっとした時、料理も終っていた。板前が当然のようにすっぽんの生き血をコップに入れて出してきた。治子さんは血は呑まないと即座に断った。太郎さんがその時、はじめて私の顔をまともに見た。
「呑むだろう?」
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source : 文藝春秋 2013年1月号